「団蔵、お嫁においで」
「はぁ?」


算盤の音と重なる返事。バカ?その二文字だけ呟いて、後は無言で流された。
堪らなく腹が立ったので背中を蹴り上げる。


「いってー!」
「人の話を聞く時は相手の目を見なさい」
「勘弁してくんない、今日中に計算済ませて提出なんだから」
「あんた自分の将来に関わる事と今やってるそのろくでもない計算とどっちが大事なのよ」
「今…ぎゃぁぁどこに手ぇ突っ込んでんだよ名前!冷たい!」
「話を聞け」
「おま、聞いて欲しいんなら最初から素直にそう言え」


なんてことはない、団蔵の上着を捲くって背中に手を突っ込んだのだ。私の手は並外れて冷たいのでドッキリダメージは与えられたらしい。
彼は観念したように向き直って正座した。私は満足だった。

本題。


「ぜひお嫁に」
「立場逆だろ」
「だってそんなに頑張ってる中過労死されたら心配ですもの!私が大事に世話を努め上げますから嫁にいらっしゃいな」
「…………」
「…私本当に心配なんだよ」
「うん」
「前の…なんだっけ?潮江先輩だっけ?あの人みたいになられたら嫌なのよ」
「…うん」
「最近隈増えたしね、団蔵」
「うそ」
「本当」


会話の後で、考え込む。
暫くして上がった顔には隈がしっかりある。計算中毒。下級生は団蔵のことをそう呼んでいる。


「心配はわかったけどさ」
「うん」
「嫁には行けないよ」
「なんでよ!」
「だから立場違うって!む、婿なら喜んで行くから」
「…………」
「(あれ、一応求婚なんだけど)」
「……バカ」
「え」
「だって団蔵の白無垢衣装が見たいのに」


ついに出た本音に彼は目を細めた。
団蔵くん、10kg算盤は人に向けて投げる物じゃないよ!