ずたずたに傷付いて満身創痍、やっとの思いで学園に戻ると自室に彼がいた。


「うわ、雑巾みたい」
「……ただでさえ疲れてんのに…」
「せっかく人が迎えてやってんのにその態度、なに」
「(疲れる)」


返事すら億劫で、ずる、とまさしく雑巾のように畳に落ちた。黙っていると兵太夫がこちらに這って近寄る。追い払うように手首から先を振れば むっとした顔をしてみせて私の顎を掴んだ。


「は、汚いツラ」
「ねぇ、本当に疲れてるの、今日は相手できないからよして」
「嫌だね」
「な、」


そうだろうと思った。
諦めと侮蔑が入り混じった嘲笑を口から捻り出すと、唐突に「脱げよ」と命令される。正直、耳を疑った。


「は?」
「まだ医務室行ってないだろ」
「まぁ」
「手当てしてやるから、脱げ」
「……………」


もう一度「やめて」と返そうとして、やめた。言い出したらきかない。そんなわかりきったこと、何を今更。
心の内で叱咤して、私は渋々上着と袴を脱いだ。別に恥じる仲でもない。


「うわ、なにこれ」


酷すぎる、そう吐き捨てて嫌悪感丸出しの彼が持ち上げたのは左足首。ふくらはぎの辺りに深い裂傷があり、負ってから結構な時間が経つわりに血は流れ続けている。ぐ、と彼が傷周辺を押すと、吹き出た。あまりにも大それた怪我なのでもう既に痛覚が無いけれどやはり気分が悪くなる。眼を閉じて顔を背けた。


「根性なし」
「うるさい」
「ドジだねぇ、ただの実習でこんなになるなんて」
「うるさい」


うるさいうるさいと連発していたら、ぴちゃ、と音がする。畳に染みたのかと思って目を開くと、思いもよらぬ光景に唖然としてしまった。


「ちょっ、なに、なにやって」
「消毒」
「舐めなくてもいいよ!本当に汚いから」
「勿体無いじゃん」
「なにが!」
「お前の、血」


そう告げる唇は私の血により真っ赤に染まっている。見上げてくる眼は強い光を湛えていて、ゾッとした。
何も言わなくなった私を一瞥してから彼はまた傷へ舌を這わせる。消毒と明言した割りには裂傷を抉るようにゆっくり、ゆっくりなぞっていく。また新しく血が流れる。それも全て舐め取る赤い舌。
痛みは無いはず、なのに。


「どうして泣くの」
「べ、別に…」
「だって勿体無いでしょう」


冷たい指が目元から涙を取り去る。その指先も赤い口内に含んだ。彼は血だけでなく私の涙さえも吸収してしまった。
一体何が勿体無いというの。
嗚咽だけが響く室内、彼は答える。


「お前の全ては僕のものだ」


畳に染みる。
酷な囁きに気が狂いそう。

(痛みなど全く感じないのだけれど)


「…兵太夫」
「なに」
「抱いて」


意識を手放せたらどれだけ楽なのだろうと思った。


「馬鹿な女」


沈黙の後、彼はそれだけ呟いて私を血の滲んだ畳に押し倒した。