夜半、事務の見回り時刻を計らって灯りをつけるのには理由があった。
しばらくすると誘われる様に彼女がやってくるのだ。手元に、やはり小さな灯りを持って。
間もなくして普段通りに開く襖。細い隙間から、焦がれて止まない顔が覗いた。
畳に膝を擦り静かに近付いてみても彼女は引きもしない。それを知っているから互いに向かい合わせ、襖越しに重なる手。絡まることは無い。いつも心の内でその冷えた手を握る想像をするだけ。
少しばかり、紙を伝う体温。
「もう消灯時刻過ぎてますよ」
「…すいません」
「いつもいつも遅くまで起きて……勉強でも無いのでしょう」
逢いたいが為だなんて口が裂けても言えない。
「貴方は朝が早いのだから」
剣の稽古は大変ですもんね。いつも苦労しているでしょう。
「え、」
なぜそれを。
問うより早く襖が閉じられた。隔てた向こうから小さく「おやすみなさい」と聞こえて、少し影が映り込んで、やがて音も立てずに消え失せる。幻のようだった。
(そこまで揺らしておきながら)
なんだか酷く泣きたくなってしまって、力無く壁に背をつけてずるずると落ちた。全て承知で、それでも育つこの想いを知らぬふりで貫くならば。
そんな残酷なことがあるだろうか。
(俺が絡めているのは只の不安か、果たして)