「僕が心配してるのはねぇ」
「ん?」
「君がいつか死ぬんじゃないかってこと」


苦い顔で伊作が突き出した薬を名前はへらへら笑いながら受け取った。顔色は非常に悪く体調不良が見てとれる。

随分と不吉なことを言われたにも関わらず平然と湯呑みの中で茶と薬とを溶かし合う彼女はくの一保健委員長だった。忠告や心配を節々に匂わす伊作の暴言にも動じないのは今に始まったことではなかったからだ。そもそも名前がくの一保健委員長に至る理由というのは彼女自身が軟弱及び病弱であったためで、やれ骨折しただのやれ新種の風邪だのをひき、全快して免疫を付けた矢先にまた新しい厄介事を抱え込む。授業を休むこともざらでほぼ医務室の主と化すほどかかずらっていた。療養しながら病態や薬の調合などの記録を取るので保健委員としての仕事は充分にしているのだが決して褒められたものではない。


「…早く飲めば」
「なんか苦そうなんだもん…」
「名前はさ」
「ん」
「怖くないわけ」


不意に視線が交わるが伊作はすぐに逸らした。非常に馬鹿馬鹿しい問いであった。しかし伊作は人が生涯に打つ脈数を知っている。そしてぜぇぜぇと布団に伏しては鼓動を荒げる名前を何度も何度も目にしていたから。だから、怖い、とか安易な表現に彼女が同意するのであればまだ少しはなんとかなるんじゃないかと思う。なんとかなる筈もないのに。


「伊作はさ、どうなの。私が死ぬのは怖いの」
「そりゃあ、」
「私だって怖いよそんなの当たり前じゃん。なんなのさっきから死ぬとか暗いことばっか言って。ただの風邪なんだからほっといてよ」
「ごめん」
「…ばーか。うんこ伊作くさいいさくー」
「くさくないよ!」
「うわっ」


猛烈に恥ずかしくなったので照れ隠しに掛け布団を名前に被せつける。ばたばたと跳ねていたが疲れたのかやがて止んだ。重ね重ね言うが名前は病人だ。暴れていい道理がない。
伊作は力なく畳に投げ出された青白い手に自身の手を合わせて握る。冷たい。いくら握り締めても温度は変わらず、集中しなければわからないぐらいに薄い脈だった。伊作は不意にせつなくなる。強く握る。自分の熱が、鼓動が、伝わればいいのに。


「あっちーよ伊作」


あっさり手が払われる。願わくば健やかでありますように、などとこの六年間毎日祈ってきたのだが全く報われたことがない。神も仏もあったもんじゃないねとため息を吐く横で名前は水を喉奥に引っ掛けて盛大にむせていた。