寒波襲来、夕暮れ。お前寒くないのかってよく言われるけど首に布巻き付けるのは嫌いだし頭巾もけったいだし出来れば足袋とかも履きたくない。そんな私でも冬の気配を肌に感じると、身を縮めながら暖を求めてさ迷う。お忍び足は随分慣れたものだ。冷たい廊下の板を踏み締めて、目当ての人物を拝むために襖に手を掛けた。開けると奥にぽつり、少し背を丸めて文机に向かう長次がいた。確認の意を込めて室内を見渡すが相部屋の大型犬はいないようだ。よし!


「長次ー遊ぼー」


答えず黙々と何かを読んでいる長次。隅には今にも崩れそうな書物の山。図書委員長の肩書に相応しく本の虫、否、妖精。近付いてもこちらを見もしない応対にむっとしながら大きい背中にべたっと体をくっつける。首に腕を回すと少しだけ前のめりに体が傾いた。密着した部分から服越しの熱がじんわり感ぜられる。長次あったかい。肩越しに、傷だらけの手が広げている巻物の中を覗いてみたけど内容は全然わからない。ぎこちなく脚を開いて、とかなに?体操?


「なに読んでんの?」
「…春の本」
「へーすごいね、……じゃない!堂々といかがわしい物読まないでよ!」


長次の後頭部にチョップをお見舞いするとため息を吐いてくるくる書を巻いた。あんまり自然に読んでるから学術書かと思いきやとんでもない、しかもちょっと落ち着き過ぎてやしないか。そういうの読むならそれなりの態度とかなんか…いや、笑ってたりとかしても嫌だけど…ていうか私が来た時点で隠すとかしてほしかった…。などと悶々考えていたら長次は新しく巻物を広げていた。この人の中に私と遊ぶという選択肢はないようだ。


「それなに」
「掃除の本」
「そんなん読んでどうすんの」


反応なし。元々得意でない会話が面倒くさくなったのかついに何も言わなくなった。ここまで徹底されると本当自分の存在が迷惑なものとしか思えなくなってへこむ。実際邪魔だろうけど。

それよりさっきから美味しい匂いがするんだけど原因が見当たらない。どこにもお菓子の類は影すらない。首を傾げた矢先に長次の口許が微かに動いているのを認めた。


「…飴か!ちょうだい!」
「いや」
「ちょっ、ケチんな。絶対まだ持ってるでしょ」
「…………」
「くれなきゃいたずらするぞ」


囁いてみても出来るものならやってみろという風に憮然とした態度でいるので、私は長次の真っ直ぐ伸びた首筋を辿って襟元から服の中へと手を突っ込み、上手いこと侵入した脇あたりで指をばらばらに動かした。単純にくすぐったいのか或いは手の冷たさに驚いたのか、大振りに反応した長次は体を捻る様にして畳に伏した。このままでは巨体に巻き込まれかねないので腕を退くと、寝転がった長次の顔の上へ見計らったように均衡を崩した書物類がばさばさ落ちてきたので盛大に笑ってしまった。私の腹筋がやや鍛えられた頃、煩わしそうに書を掻き分けて現れた顔は不機嫌だった。


「あぁ、やばい。面白過ぎる」
「………、…」
「なに?」
「飴をやろう」
「えっ」


襟口を引っ張られて乱暴に合わさった唇から飴が捩込まれてきた。あんまり唐突過ぎて抵抗も出来なかった。ただ砂糖を固めただけのような舌の上の塊は、甘くて熱い。改めてみれば今の体制も押し倒してるみたいだ。長次。あったかいだけじゃなくて。こういうの興奮する、とかけしからん思いで眺めた長次は喉仏を震わせて微かに笑い、呪文のような南蛮語を呟いた。意味は後で調べてわかったが、私が長次にふっかけた言葉とまるっきり一緒だった。


『trick or treat』



081031
HAPPY HELLOWEEN!