「お久しぶりです、利吉さん」
「…………」
「おーい」
「…………」
「……門、閉じますよ」
「あっ、待った待った」


我に返り慌てて閉じかけた門に体を割り込ませると彼女は驚いてみせた。


「お疲れですか」


そう問われても仕事帰りに直行なので「うん」としか答えようがない。あら珍しいと口元をわざとらしく押さえるが驚いたのは寧ろこちらの方だ。


「君は事務員だったっけ?」
「いいえ、食堂で働いてます」
「それならなんで事務服を着てるんだ」
「罰ゲームというやつですよ」


六年連中にしてやられたと悔しそうに言った。


「それにちょっと小松田くんの調子が悪いので」
「腹でも下したか」
「凄い!何でわかったんですか」
「…………」
「罰ゲームとその代理を兼ねて、今日で事務二日目です」
「いっそ君がそのまま事務員になれば?小松田くん10人分ぐらいは力になるだろう」
「随分と毛嫌いしてますね」
「…いつも君にまとわりついて鬱陶しいから」
「え?」
「なんでもない」


彼と彼女の間を結ぶ絆に自分は入り込めない。それが腹立たしくて仕方なかった。どうしようもないけれど。自分も16歳だったら良かったのに。


「せっかく君の料理を食べに来たのに事務員とはね」
「左様ですか、残念です」
「そうだ、手土産の林檎があるからこれで剥いてくれる」
「わ、物騒」


林檎と共に小刀を渡すとあまり良い顔をしなかった。


「どうかしたかい」
「…さっき、仕事帰りと仰ったでしょう」
「嫌だな、使ってないよ」
「本当ですね?大丈夫ですよね?」
「うん」
「…ここではなんですから、室内に入りましょう」


少し安堵して笑うと彼女は身を翻した。後に続く。今日はどんな話をしようかなどと考える。周りに仕事中毒と指差されようが構わない。仕事あってこそ休暇が愛おしいのだ。
彼女と二人きりの時間が、とても大切だ。


「名前」
「…………」
「どうした」
「いきなり、名前で呼ぶから」
「あ、ごめん、気に障った?」
「いえ…」
「?」


どこを見てるんだ?
自分を突き抜けている視線を追おうとしてやめた。
すぐに呑気な声が背後から上がったからだ。


「名前ちゃーん、利吉さぁーん」

「あ、小松田くん!治ったんだね」


一瞬、その小刀で刺してやろうかと思った。