「苗字さん腕平気なの」


掃除が終わった教室にいつの間にやら自分達だけしかいなかった。人がいないだけでこんなにもすっきりとして見える。初夏の風がこんなにも爽やかに仕立て上げる。

昨日はちょっとした事故で腕に怪我をした。
窓という窓を全開にして教室の一番後ろにある窓際に腰掛けた。追い風という形で受けた空気は髪をばさばさと唄わせている。


「潮江とどう?」
「まだ付き合ってません」
「はやくくっつけばいいのに」


おおきな眼。優しい保健委員長という肩書きにそぐわない言動をいつもする。
おおきな眼は瞬きをしない。窓の手摺に手を置いて体重を掛ける仕草。両腕の間に挟まれたのは腰掛けた私。


「違う噂流れちゃいますから」
「平気だよ」


おおきなめはまばたきをしなくて感じさせるものはびょうてきななにかでありまして


「善法寺さんの眼は病気の人みたい」


まばたきをしないおおきいめは一見普通の人の様な。


「真っ直ぐ見開いたままだから正気と狂気の境目が解らないんですよ」


あぁ、そうと細めた眼。閉じるだろうか閉じるだろうか瞬きをしないで乾いたりしないだろうか。
ぐっと右肩を私の首に押し付けて窓から身を乗り出した。私の右の耳に明るい髪がさらさら当たる。


「一緒に落ちよう?」


誰かを犠牲に助かるでもなく自分を犠牲に助けるでもなくまさに何かの反対のなんだっただろう。


「カルネアデスの板」


そんな感じだった気がする。


「そんな板より一緒に助かるか一緒に死んで欲しい」


肩以外は私に一切触れていない。
あぁ、あぁ。二回繰り返したやるせなさ。
どうしようなどと思い時刻をはかる。


「……あぁ、もう、夕食始まりますよ」
「………」


びゅうびゅう風が吹く。
私の髪は私の頬にちくちく刺さりその人の髪はその人の眼にちくちく刺さり。


「瞬きしました?」
「瞬きしないんだ 僕」


校庭で潮江が走っている。七松が走っている。
私達は何かが届かなかった。それは過去になりつつある。助けてもらうのも見捨てられるのも違う気がしたから過去になった。

夕食に行く気力がなんだかなくなってしまってこの距離が離れがたくて
おちましょうか、とぽつりと言った。

潮江のことまだ好き?と訊かれた。