忍たまがくの一教室長屋に忍び込んだ揚句、風呂場の天井から湯舟へ落下するという前代未聞な事件が起きたのは昨晩のことであった。

幸いなことにくのたまは誰も入浴していなかったため特別な騒動にはいたらなかったが、珍事は珍事。人の口に戸は立てられぬ。ましてや十代半ばの好奇心満載な少年少女にとっては尚更だろう。事件の当事者(噂の中では犯人、という扱いが成されている)は誰かの口から伝い、伝い伝い、いよいよ全校の知るものとなってしまった。

その何ともいかがわしい忍たまは、女子の湯を覗こうとした変態だと至極当然なレッテルを張られ、あの人がまさかそんなことを、いやあいつならやりかねんなどと累々勝手な批評が散布し、弁解を求められる余地もなく自室謹慎の処分がくだった。謹慎といえども、その忍たまの主張が妙なものであったから、教員が真偽を確かめる為の要は調査期間である。

謹慎している忍たま…潮江文次郎の元へ訪れた名前は、恋人という立場上、目前でふて腐れた風に寝転がっている背中へ言いたいことや聞きたいことが山ほどあったが敢えて自粛した。何を言い聞こうが話してくれる気配なぞ微塵もない。名前自身、この男がくの一風呂へ落下するに至る経緯がてんで想像がつかなかった。文次郎は色沙汰に浮つくこともないし割と硬派な方であったから、余計に信じられぬ。

起き上がり振り返った文次郎は隈をこさえたあまりよろしくない目つきで名前を見据える。彼女はいたたまれなくなって視線を逸らしたが、それが文次郎の心を不安にさせた。


「お前なんか勘違いしてるだろ」
「…言っていいの?」


ぐ、と身を乗り出す彼女に文次郎はちょっと引いたが構わず話は続く。


「なんでのぞきなんかしたの」
「のぞきじゃねぇ」
「私というものがありながら女子の裸に飢えていたの」
「だから違ぇって」
「一言言ってくれればいつだって脱ぐのに!馬鹿!」
「…もういい。面倒くせえ」


ごろりと横になり、再び背中をこちらに向けた文次郎。名前がじぃっと見つめていると沈黙及び威圧に堪えられなかったのか、やがてぽつりと呟いた。


「賭けた」


は?

素っ頓狂な声を上げた名前に突っ込ませる隙を与えず畳み掛ける。


「だから、賭けたんだよ。仙蔵と。あいつが書いた天井裏の地図、誰にも気付かれずに行って戻ってこれるかどうか」
「く、」
「んだよ」
「くだらない…!」


まさかその途中が女湯だったとは、とぶちぶちぼやく文次郎。元来風呂場の天井木というのは多量に当たる湯気のせいで弱っているのだ。これまで女子湯の天井に忍び込むなど前例がないのでどこまで木が衰退しているかなんて予想の範疇でしかないが、実際文次郎は落ちてしまった。相当脆かったのだろう。
これも憶測だが、恐らく仙蔵はそれを狙ったに違いない。まさか落下するというのは予想外だったかも知れないが。


(いや、そこまでわかってたかもね…)


なんにせよ自分さえ楽しければそれで構わないというのが立花仙蔵のスタイルだ。名前はよく知っている。文次郎も然り。

哀れみの眼を向けられた文次郎は、教師にはどんだけ説明しても怪訝な顔をされる、謹慎など不名誉極まりない、散々だ、とぶっ続けで愚痴を垂れている。


「あいつ絶対裏でなんか握ってやがるな」
「文次郎…」


結局悪友の策にはまり醜態を晒すこととなった文次郎を想い、不憫な気持ちで胸を満たした名前は涙を堪えて鼻を啜った。
傷心している男に、恋人として何が言えるだろうか。


「そんなへこまなくても、次はきっと上手くいくから!ね!」
「次はねぇよ!アホ!」