あまり爽快とはいえない温い風の吹く夜中の住宅街、人っ子一人いないのはまぁ当たり前といえば当たり前で。虫の鳴き声を掻き分けてどこからか聞こえてくる救急車のサイレンがお前へ向かっていないことを祈る。

しかしその救急車がお前へ向かっていてもいなくても、そして向かっていると仮定してその命が救われなくても救われても、俺はそれを知る術を持っていない。俺とお前はもう赤の他人なのだ。お前と付き合って以来なくなった寝不足が再発したのは最近のことで、こうやって俺は昔の自分に還っていく。
原点はいつだって、一人の時。

いつか、誰かがその左手を握るのだと思うと胸がひどく苦しい。それは恋情でもなく友情でもなく、只の独占欲だ。覚えていたものを、持っていたものを、一つずつ失っていく悲しさ。出来るならば何も失いたくはない。だが、そんなことは無理なのだ。ことに、人の心に関しては。


「……はっ」


自分に対しての嘲笑は夏の匂いに紛れ込んで間もなく消えた。やがて緑がなくなり、涼しくなる。そうだ、もうすぐ秋になるんだ。
いっそ枯れ葉でこの町を埋めてくれればいい。乾いた風でさらってくれればいい。記憶も情も、何もかも。

右手が空を掻く。俺は、お前を探していた。