唸り声をあげたら頭を叩かれた。おかげでせっかく組み立てた火薬の調合式が飛んでしまった。睨みつける視線を白紙から相手へ移すと苦々しい顔が私を見つめている。


「痛いじゃん、馬鹿」
「うるさい。こっちも集中出来なくなるだろ」
「ろくでなし」
「黙ってやれよ」
「ハゲ」
「…………」


だって全っ然わっかんないんだもん。夏休みにつきもののそれは皆を苦しめる。もうやりたくない。投げ出してどこか遠くまで走って逃げたい。
あーああ もうさーなどとぼやきながら机に両腕を伸ばしたら向かいの食満の方へお邪魔した。すっげー邪魔。と無表情で言われて手を捻られたので思わず奇声が飛び出た。食満は誰だろうと容赦しない。


「痛い…もうやだ…」
「頑張れ」
「棒読みで言われたら頑張れない」
「頑!張!れ!」
「そういう問題じゃない!」


殴ろうとしたらあっさり避けられる。食満はその後何も言わずに筆を進めるので私は机に突っ伏した。つまんね。


「…………」
「…………」
「………食満ぁ」
「なに」
「食満の宿題なに?」
「喜車の術について」
「なにそれ!楽そう!」
「うるせーよ!」


跳ね起きたらまた頭を叩かれた。なんで私ばっかりこんな目に!頭叩き魔人かこいつ!


「楽なもんか」


ため息混じりに呟く。私のよりは楽だと思うんだけど?火薬とかわかんないよ、立花仙蔵に頼ろうかなぁもう。

不意に大きな手が視界に入ってくる。机をたんたん叩いたのでのろのろ視線を上げたらやっぱり無表情で、でも何だかえらく真剣で。
なに?って聞く一歩前に食満が制した。


「好きだ」
「…へ」


なに今なんて言ったの?

頭を叩かれるよりもっと衝撃的なものを見舞われた気がする。と思ってたら頭を叩かれた(こいつ…!)
目が覚めて途端に理解した。なんてことはない、ちょっと(いや、かなり)違うけど、これは食満の宿題だ。


「名前?」
「び、びびった…」


反応に満足したのか意地が悪そうに笑う。ああそうだよこういう奴だったよ。


「案外引っ掛かるもん?」
「…まぁ、冗談でも言われると嬉しい、けど」


相手もそういう気持ちだったら、嫌な気はしないんじゃない。
目をそらした先には白紙。相変わらず私の課題が終わる気配は一向にない。食満は紙に落書きをしている。


「だったらいくらでも言ってやるよ」


一体どうしちゃったの食満。

言ってから恥ずかしくなったのか、なにやら不審な動きをした食満はガタガタと書物の束を机から落として慌てていた。
滑稽で吹き出すと、耳まで赤くさせた顔が不機嫌そうに歪む。


「なんだよ」
「そういうの、安売りって言うんだよ」
「お前なぁ…」


全くくだらない。私は一足先に戦線離脱した。
宿題未提出の原因は、食満くんが邪魔するんです、で決まりだ。