「きはっつぁーん」
「妙な呼び方しないでください」
「あやヴェー」
「妙な呼び方しないでください」


冷めた声でいなされ私は畳に転がった。蒸し暑い。暑いと溢したら夏ですからと最もな答えを頂いて私は腐った。

綾部は足の爪を切っている。背は丸まり空いた片足は不格好に畳に投げ出されていて何だかオッサンみたいだった。綾部は顔は綺麗なのにそういった点に本当に無頓着で、たまによからぬ電波でも受信してるのかと疑うほどに奇怪な行動ばかり目立つ。ついでに口が悪い。言わぬが花。女の子みたいな唇をいざ開けばきっついことしか出さない。それによる被害を受けているのは大方この私である。

作業が終わったのか、切られた爪が乗った紙をぐしゃぐしゃに丸めると屑籠へ放った。曲線を描きながら見事に中へ消える。
なんていうか綾部ってどこか完璧の過ぎるところがあって、だから何をしても許されてしまう節があるんだろうな、なんてぼんやり思った。


「名前先輩」
「あい」
「起きてください、暑苦しい」
「はいはいそうですかー」


爺臭い動きで起き上がってみせたら、綾部が猫みたいに寄って来て、体をぴたりとくっつける。ついでに肩には頭を乗せられた。これって普通男女逆じゃない?まだ綾部の方が小さいから仕方ないけど。


「…暑くない?」
「全然」


涼しげな顔は確かに汗一つかいていない。私は全身汗だくなのにそれはおかしいだろ。人としての生理機能が活動してないんじゃないか。


「…前から人間離れしてると思ってたよ」
「そんな告白求めてません」
「ごめんもう黙っておく」
「それもつまらないな」


今、口調が。
変わったよ、と綾部の方を振り向くとさりげなく唇が重なった。本当にさりげなくて、一瞬で離れた。
どんな顔を作ればいいのか解りかねている私に対して綾部は口元だけで器用に笑ってみせる。


「先輩、貴方は本当に可愛い」


いやだな、どこで覚えたの、そんな台詞。汗は一向に退かない。