夜だった。闇、だった。一筋の光もない、かといって薄い明かりもない、只の闇である。こうも真っ暗だと視界に何が映る筈もなく、眼が開いているのかすら疑わしくなるが、多分開いているのだろう。時折乾く感覚に見舞われるのは見開いているからに違いないからだ。しかし幾度か瞬きをしてみてもずっと乾いたままなので次第に諦め、眼を閉じることにした。

湿った畳に手を着く。なんとなく自分は座っている。楽な姿勢でずっと腰を張り付けている。蛇も蛙も虫も眠っているが、気配をすぐ傍に感じる。闇のどこかで密かに息付いているのがわかった。

すぐそこに彼女がいることも。


「…名前、起きてる?」


随分使っていなかった為にかすれた声に、返事はなかった。代わりにため息が聞こえる。生きてる?と尋ねた方が喜ぶのかもしれなかった。彼女のことはよくわからない。

長い静寂を裂くように話し掛けられる。


「今の状況、わかってんの?」


笑おうと捻曲がった声はため息によく似ていた。


「それぐらいわかるよ」
「私って伊賀崎にとって蛇とかそういうのと同類なんだ」
「違うよ」
「違わないよ」


不思議なもので、眼を塞ぐと他の器官がそれを補うべく敏感になる。今、自分は何より耳と鼻と感触を頼りにしている。そういう生き物になった気分だった。闇と共にある生き物。名は何というのかは知らない。とりあえず蛇や蛙や虫の類ではないことは確かである。そんな生き物を飼い慣らした覚えはないからだ。

またひとつ声がする。


「こういうの、軟禁っていうんだよ」


闇なんて遠い様に思えて実は傍にあるもので、知らぬ内にじわりじわりと背から侵食されてしまう。それはとても怖い。

彼女にとって闇とはなんだろう。


「なぁ」
「…なに」


闇とはなんだろう。


「怖くないか」


自分かもしれない。闇を供給するのは酷く心地良い。きっと二人は同じ気持ちの筈。同じだろうか。返事はない。聞こえない。今では耳すら塞いでいるので、当たり前といえばそれまでだ。