昔、悪ガキで有名だった彼は今では立派な忍者へ成長を遂げた。
その上教職に着くなんて聞いた時は素直に驚いてしまった。教養の欠片もないくせに。世も末だよ全く。





「今夜、発つ」


すっと耳に馴染む声は淡々と呪文を呟いた。いっそ清々しい、さよなら。さよなら。もう帰ってくんな馬鹿之助。心の中で唱えた筈がどうやら口にしていたらしく、ど突かれた。よろける。足元がおぼつかなくて、砂利音を立てたら雅之助が慌てて腕を掴んだ。すまん、なんて、そんな言葉が欲しいんじゃない。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
「…あんたよか随分しっかりしてるよ」
「あぁそうかい」


お前可愛くねぇなぁと嫌味を言われる。普段通りで何ら変わりない。それにしてもいつまで腕を掴んでいるのか、早く離してさっさと行ってしまえ、苦しくて仕方ない。


「…おい、」
「死んで帰って来たらお墓は私が作ってあげる」
「縁起でもないこと言うな!」


雅之助を見たら目をそらされた。私もそらす。視線の先にある無数の砂利がこれまでの思い出と重なった。風に拐われていなくなるのと同様に、記憶もいずれ風化する。互いに忘れたら、それは間接的だけど、死になるんだろう。

雅之助は何を言おうとしてるのか。


「…人は未練があると中々死にきれんもんだ」
「へぇ」
「今のわしには未練がない」


ずきりと心が痛んだ。じゃあ何か、簡単にくたばるんですか?誰も抑えることが出来なかった悪ガキの末路がそれならとても呆気ない。生憎私は雅之助の為に流す涙なんて持ち合わせていないから、死んでも泣いてなんかやらないんだ。

雅之助のごつい足が砂利を蹴っている。向かいにある私の足元へぶつかる。むっとして顔を上げれば真っ直ぐな目がこちらを見ていた。


「名無し」
「は、」
「結婚せんか」


不意に水滴が落ちて砂利の色が濃くなった。まともに雅之助を見れない。掴まれた腕を引っ張られる。くそ、もう帰ってくんな。未練がましいのは私のほうだった。雅之助の腕の中は想像以上に広くて温かくて、きっと忘れるなんて出来ない。