星が流れるのは誰かが死んだときだという。


「何を見ているの?」


気配が無いのはいつものことだが唐突に声を掛けられたら驚く他に手段もない。こちらが振り返るより早く、もう隣に腰を下ろしていた。闇夜に包帯の白がぼうっと浮かび上がり、稚児が見たら泣き出してしまいそうな風貌をしているが、腐っても上司。


「別に何も」


我ながら素っ気ない返事である。気が立っていたかもしれない。殺しが絡むといつもこうだ。


「つれないね」
「もう勘弁してくれませんか、こういう任務。自分が鉄臭くて敵わんのです最近」
「だって君の腕が良いんだもの」
「使えない部下は嫌でしょう?」
「さぁどうだか」


別にいいですけどね…
諦めた感じを強調させてから再び空を見上げる。組頭が来るまでずっとそうしていた。

何を見ているの?
また同じ質問。私の答えも同じだ、何も見ちゃいない。霞む雲ばかりで星がない夜空なんて眺めたところで意味もない。ならばと組頭は食い下がる。私がなぜそうしていたのか、話の核はそこへ移動していた。


「考え事ですよ」
「朝ご飯とか?」
「…………」
「そんな冷めた目しないでよ、怖いなぁもう」
「…組頭、」
「怖いといえば、そう、私もよく考える」
「?」
「死にたくない」


ぽつり呟かれた台詞は曖昧な闇の渦、余りにもお似合いで返す言葉がなかった。相変わらず唐突ですねと茶化す隙さえなかった。
組頭の数少ない露出の中で唯一見える右目が私を捉え、にぃ、と笑んで細まる。


「殺しをするとわかるだろう。他人の命の価値観とか次第に麻痺して、罪悪感なんかなくなっちゃうね」
「…………」
「私も今じゃ慣れたものだが、最初の内はしばらく体が重かったさ。ろくに眠れもしなくてね、頭を抱えて過ごしてきたけど。怖かったよ。他人がいくら命を落とそうとも構わなかったが自分が死ぬのは怖い。死にたくない。怖い。不安と妄執はひどく相性が良いけれど、きっとそのせいだけじゃあなかったね。今まで殺した連中の怨念と言ったら君は馬鹿馬鹿しく思うかなぁ」
「怨念ですか」


聞く分には良い、しかし口に出すと胡散臭かった。組頭の視線はとうに宙へ浮いている。様子がおかしいのもよく分かる、普段から突飛な言動はあったがこうも喋ることはない。
怖い。同感だ。怨念を多大に纏っていそうな雰囲気も組頭にはみられた。

しっくりこないかい、と首を傾げられても困る。馴染む以前にまだ追い付けてさえいなかった。
闇の中の白。明滅。


「いや、…ええと」
「随分簡単に人は死んでしまうけど」


ぐっ、と。鼻先一寸のところで覗き込まれる。


「君も死ぬのかな」


押しのけようとしたら逆に抱きかかえられてしまった。鼓動。組頭の確固たる漲り。やはり包帯で埋め尽くされている腕の中で、私が死ぬのは怖いのですか、と聞いた。答えてはくれなかった。


「ああ鉄くさい」


化け物のような姿態の男の体温は意外にも高かった。同じ匂いが濃く強く鼻をつく。そうか、組頭も。(殺したのか)

眠るように死んでいけたら。それが一番いいんだろう、私も組頭も。怨念も恐怖もなにもかも抜き去って、目を閉じて不意に死ぬ。闇に逝く。実に相応だ。

そんなことを思いながら胸元に頬を預けていたらなんだか本当に眠くなってしまったが、後でちゃんと風呂入んなさいよと言われた。

うっすら眼を開ける。夜色の中に星が消えて見えた気がした。

(――星が流れるのは、)

果たしてあれは誰の命だろう。あなたの仕業だろうか、それとも。