蝉の音をBGMに、下駄箱に上履きをねじ込む。玄関を抜けた瞬間、汗がシャツへ染み込んでいくのを感じた。馬鹿みてぇに暑い。鞄の肩当てが接触している部分がやたら張り付く。早く帰ろうと足を急かした。
夏休みにも容赦ない活動(とはいえ半分は遊び感覚というかだらけている)をしている生徒会だが、今日は夏男夏男と囃し立てられ散々だった。いくら会話が見当たらないからといって冷房の効いた室内で「暑い」などと口にした俺も馬鹿だったが、奴らも奴らだ。特に生徒会長とその側近。仙蔵と後輩の綾部。今思えばよくない組み合わせだった。何でこういう時に限って田村は休んでんだ。ハワイとか行ってんじゃねーよ。土産は存分に期待しておく。
とにかくそんな間抜けな俺は仙蔵曰く「夏しか似合わない人種」だそうで、なんだそりゃ、他の季節はどうなるんだと言い返したら「死ね」と鼻で笑われた。どうやら俺の生存権は夏のみ与えられるらしかった。
だらだらだらだら汗とともに歩いていると、ふと意識の外から呼び掛けられる。


「潮江くーん」
「…あ?」


辺りを見渡すがグラウンドはじりじりと陽炎が広がるばかりで誰もいない。幻聴か?だとしたらヤバいな。俺、案外夏も生きられないみたいだ。


「こっち、だよ」
「へ、おっ!お前!」


遠いと思った声はすぐ背後から呼び続けていたようだ。振り向いたらそこはプール、金網越しで高い位置に見知った女がいた。見上げた水着のクラスメートはくすくす笑っている。ビビった?見りゃわかんだろ、聞くんじゃねー。


「何してんだ?」
「なにげにプール開放してるから泳ぎに来たの」


そのわりにお前しかいねーじゃん。問う前に合点がいった。誰だって夏休みに泳ぐなら馴染みのプールよか市営プールだろう。なんでこいつわざわざここで泳いでるんだ?
しゃがみ込んだ日に焼けていない肌に水滴が滑っていくのを無意識に追い掛ける。気付くと胸元まで伝ったので慌てて目をそらした。


「生徒会お疲れさま」
「おー」
「もう帰んの?」
「おー」
「ちょっと待っててくんない?一緒に帰ろうよ」
「おー、お?おい!」


ちゃんと返事してねっつの!慌てて金網を掴むが、願い虚しくプールサイドの端っこを走って行ってしまった。
蝉と陽炎に殺される。恐ろしいことに日陰が見当たらない。アイス食いたい。あいつに奢ってやってもいいかもな、なんて柄にもないことを思ってしまう、夏男はダウン寸前だ。