名前、私と一緒に逃げよう。



「……………」
「おい、名前。名前。…おいったら!」
「はっ」
「沢庵見つめてどこへ飛んでたんだよ」


食堂で取り戻した意識、不意を突くように三木の顔が真ん前。
ほうけていたら、べし、と額がいい音を出して弾かれる。会計委員だからってここで仕事するなよ、畜生。


「凄い顔だぞ」
「最近暑いね」
「…会話の成り立ちって大事だと思うんだが」
「暑すぎてちょっと、頭が」
「……………」


元来、私は三木に限らず人の話を聞くほうではない。今更そんな会話がどうとか言われても困る。

少し、行き過ぎた妄想が頭を支配して一杯になっていた。逃げよう、だなんてそんな白馬の王子じゃあるまいし。いや、私の妄想だけど。


「滝も綾部も白タイツとかぼちゃパンツ似合うなぁ」
「何言ってんだ…。早く済ませろ。せっかく待っててやってるんだから」
「三木」
「なんだよ」
「逃げたいと思ったこと、ない?」


箸で摘んだ沢庵はつやつやしている。食べる気はしなかった。

また呆れた顔をしているのだろうか。彼は。
っていうか私、何を聞いてるんだろ。馬鹿馬鹿しい。


「今のところは無いな」
「へぇ」
「なんだよその顔」
「普通の答えでつまんない」
「あぁそうかい」
「あの壮絶な委員会も?滝も、綾部からも?」
「…逃げてどうなるもんでもないだろ」
「私からも?」


しばらく沈黙した三木が、今日は確かに暑いよ、頭が悪くなる。お前はあとで医務室行きだな。などとぶっきらぼうに返したので、不機嫌になった私は沢庵を口に放り、じゃりじゃり噛んでいた。
なんだよ、馬鹿にしやがって。いや、馬鹿だけど。
でもはっきり言って欲しかった。三木が厭うもの全てから逃げられることを私はいつも望んでいる。

願わくば彼が幸せでありますように。

お、これ最強に乙女じゃない?


「でもなぁ」
「んん?」
「もしも何かから逃げる時が来たら、それはまぁ、お前も一緒に道連れだな」


じゃり。


「…本当に?」
「そう言って欲しい感じだったから」


なんだこれ。なんなんだ。

飲み干してまた不機嫌を貫き通す。にやにやといやらしい三木の笑顔。


「なんにせよお前はついて来るだろ」


ご名答で。
やっぱり私は三木が好きなんだなぁ。いいか今日ぐらいは乙女でもさ、自分に正直なのも悪くない。

和やかな空気は第三者の怒声によって引き裂かれた。


「あんたいつまでちんたら食ってんの!」


もう食堂には誰もいなくて、結局最後まで残ってた私と三木は謝罪もそこそこにおばちゃんに追い出された。

手を繋いで引いて引かれて走って笑って私達は逃げた。
それは熱に浮かれた、大層な逃走劇だった。