擦り傷より切り傷の方がいいと思うの。





クラスメイトの呟きにしては異質で奇怪で理解し難いものであった。寝起きのせいもあってか、冷房はよく効いているにも関わらず何故か背はシーツに張り付かんばかりに汗ばんでいる。遠くの壁に所在無さげに張り付いている時計は17時を差していて、寝過ぎたのだと後悔した。こいつに出くわしたことも。なにより場所が悪かった。あまり好まない薬品の匂いを吸い込みながら思わず顔をしかめる。人気の無い保健室なんて何が起きてもおかしくない。

見遣ると笑っていた。多分今まで誰にも見せたことのないような満遍ない笑みだった。


「どけよ」
「やだよ」
「重いから」
「デリカシーない」
「よく言われる」
「運が悪かったんだと思ってさ」
「どういうこった」
「ふふ、そういうこと」


変な女だ。なんたって自分で自分の手首を刻むような奴だ。ろくに話したことはなかったが、クラスでは確実に浮いていた。自傷と位置付けられるその行為にこれといった偏見などないが膨れ上がった数多の赤い線を見せつけられたところでだからどうしたという感じだ。今は潔癖に白い包帯がぐるぐる巻かれている。肌は青い。包帯の下はおれの背よろしく汗ばんでいるのか、それとも。


「ね、どう思う?」


これ見よがしに巻かれたそれより、やたらに短いスカートの丈が気になる。のしかかってくる重みよりも、ワイシャツの下から存在を見せつける胸が。気になる。汗ばむ。気になる。


「切ってやろうか」
「潮江くん、意外とノリがいいね」
「まぁな」


ずっと日陰に転がってくすんだガラス玉、そんな眼に移った俺は卑屈な顔をしている。目前のシャツに手をかけてボタンを外しても誰も文句は言わない。夏はなんでもかんでも嘘くさい。







「あ、あ、あ」
「痛ぇか」
「う、ん」


体制はとっくに逆転していた。シーツと掌の間に挟まれた髪が指に絡まる。もう片手で持ち上げた真っ白な腿の後ろには、隠された傷があらわになっていやでも目を引く。まるで舐めてくれと言わんばかりの無差別な線の上を、意に沿って舌先でなぞる。巧妙に隠された傷を全部暴いてみたくなった。半端にずり落ちた紺色のハイソックスの下はもっと酷いに違いない。

片手で事足りそうな細首を、締めるように抑え付けると柔肌に親指の爪はあっさり埋まった。そのまま力を込めて横一文字にゆっくり引けば生々しく赤い線が残った。おれも酔狂だ。わかっている。

一体どうして自分を傷つける何かを探し求めるのか。皆目見当はつかないが、自棄もここまで来れば見上げたものだ。自分はこの世界にいらないのだと言う。そんなくだらない台詞、おれは中学の頃に吐き捨てたきりだ。


「いっ」
「お前、が」
「………」
「お前が悪い」


捩込むのは簡単だがどうして人はこうも傷付き易いのだろう。男女はうまく出来ている、しかしやたらめったら貫いてみたところでおれは凶器にはなりえない。狂気なら、こいつが持っているに違いない。


「潮江くん、夏が、似合うねぇ」


熱の放出は一向に定まらない。