陽炎は、もう揺れていなかった。そっと闇が包み込んだ世界の中で、私は息を吐き出す。携帯を折り畳めば、辺りを照らすのは細くなった三日月。と、ぽつりぽつりある寂しげな街灯。なんか、いかにもひとりぼっちって感じ。そんなくだらないことを考えて、ずるずる靴を引っ張った。


「先輩、お疲れ様です」

聞き覚えのある声は後ろからやってきて、耳の真横でぴたりと止まった。高瀬だ。私は顔も見ないまま、お疲れとだけ返す。嬉しいはずなのに、何やってんだってもう一人の私が叩く。


「今日はバイトすか?」
「まあそんなとこ」
「相変わらず暇なんですね」


言い返せなかった。私はいつも高瀬が羨ましくて妬ましかった。いっそ野球のボールになってしまえたらいいのに、は今日で通算14回考えたこと。何がつまらないわけでもないけど、自分ってあまり好きじゃない。優柔不断なとことか特に。

「俺、先輩がマネージャーやってくれると思ってました」
「…もう遅いじゃん」
「そうですね、もうおしまいですもんね」
「高瀬はこれからでしょ?」


後輩は、きっと来年の夏は甲子園に行けるから大丈夫って、みんな口々に褒めてた。あの日、私と高瀬は並んで家まで歩いた。しばらく部室の近くで待ってたら、目を真っ赤にした子供みたいな高瀬がいた。グランドで、あんなに大きかった背中が、とても小さく見えた。私は何も言えなかった。先輩たちと行きたかったって、また歩きながら泣いて、私はその背中を支えて歩いた。その瞬間とは真逆。やっぱり高瀬の背中は私より大きい。


「試合頑張ってね」
「もう応援に来てくれないの?」
「行けたら行くよ」
「絶対、…絶対来て。そしたら俺頑張れるから」


惚れたら負けってこういうことなのかなって、小さく頷いた。うつむいても隠せない。握りしめた手のひらに浮かぶ汗も、裂けるような鼓動も。なにが高瀬をそうさせたか分からない。でも、私は、私は高瀬のせいで全部めちゃくちゃだ。


「行く、絶対行く」
「よし、これで明日からまた頑張れる」
「子供だなあ」


唯一安心できるのは、彼がこうやって17歳の素顔をさらけ出してくれること。笑ってくれること。拗ねてくれること。でも結局高瀬の言動に翻弄されるのは、いつものことで。それがたまらなく好きだった。高瀬はどうして欲しい?どうしたら、君にもっと近づける?


「自分だって行きたかったくせに」


ぽん、と置かれた手のひらに押されるように頷く。


「いつまでも意地張ってたら、相手してあげませんよ」


私が高瀬より500日くらい早く生まれただけで、わたしたちは同じ時代に生きて歩いて。年上だからとか、年下だからとか、そんなくだらない括りに捕らわれてしまうくらいなら。私は、いつまでも17の君に縛られていた方が、よっぽど幸せだ。



20110919
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