「阿部から聞いた」


私の携帯に電話をかけてきたのは、泉だった。ちょうどドラマが終わったから、お風呂の蛇口をひねったところだった。何を聞いたか、なんて1つしか思い当たることはないけれど、じゃぶじゃぶとバスタブに注がれていくお湯を確認して、私はベランダへ向かった。


「聞いたって何を?」
「距離置いてるって話」


その泉が話すニュアンスをそのまま飲み込みそうになる。阿部の中で、あの日終わったことになったんじゃないの。期待しそうになる。詳しいことは怖くて聞けない。今のはなかったことにしよう。忘れよう。


「それで私に電話を」
「めそめそしてんじゃないかと思って」
「そんなことないよ。自分から言ったんだし」


足元にある向日葵は、ぐにゃりと曲がってしまった。太陽がなきゃ、そうなるのも当たり前か。夏も、もうじき終わってしまう。それなのに、爪先のペディキュアは悔しいことに、あの日のまま同じ色で光った。泉の前でかっこつけるのはよそうと思ったけれど、どこかで気を張っていないと、あっさり崩れてしまいそうだ。だから、これでいいのだ。


「しかし、いきなりどうしたんだよ」
「私もわからない」「はあ?」
「阿部のことは好きだよ。でも、自身なくなってきた」


まっすぐその人だけを想ってる自信がないの、と絞り出すように言ったあと、私たちの間に静寂が訪れた。泉なら、きっと気づくだろう。私は、いい加減前を向かなきゃいけないのに、いつまでも頭の隅っこから田島を引っ張り出しては、想った。会いたいと願っていた。


「今しかないんじゃね?どっちとも会わないまま、自分の中で決着つけれんのかよ」
「でも、」
「俺はそう思うけど」
「…うん、ありがと」
「バイトの休憩終わっから、また連絡するわ」



背中を押して欲しいわけじゃなくて、叱って欲しかった。夜風はすこし冷たい。天井には星がたくさん敷き詰められて、田島と別れた日のことを思い出した。たくさん不安で、それから逃げたくて、私は別れを選んだのだ。

また繰り返すつもりなんだろうか。不安から逃げたくて、阿部とこのまま終わってもいいんだろうか。良くない。比べるみたいで気持ちのいいもんじゃないけど、やっぱり、田島に会って知りたい。田島に聞きたいこともある。
机の引き出しから、西浦の連絡網を引っ張り出す。賭けだった。繋がる気はする。でも、田島にどう伝えよう。携帯のボタンを押す指に、びりっと電流みたいなものが流れた。夏のせいだろうか、肌の温度があがっていく。コール音が流れる間、何度も息を吸っては吐き出した。心臓が壊れそうになっているのがわかる。


「はいはーい」
「あ、田島」
「おー、やっぱりお前の番号か!どうした?」


数字だけは記憶力良かったんだよなあ、とかあのときのことがたくさん溢れてくる。ささいなことも、簡単に思い出せる。まるで、いつも手の届くところにあったみたいだ。田島は、遠すぎて見えないのに。


「あのね、今度会えないかなあと思って」
「おう、いいぜ!ちなみに今コンビニにいた」
「そ、そっか」
「たぶんお前んチの近くだと思うんだよなあ」
「どこのコンビニ?」
「青いバッティングセンターの向かい」


歩けばすぐだ。本当にすぐそこに田島がいる。髪の毛だってぼさぼさだし、メイクだってちゃんとしてない。でも、でも、やっぱり私、


「今からじゃだめか?」


心臓が急かす。切羽つまってるのは、きっと私だけで、田島は何も考えていない。でも、ずるいな。その声だけで、こんなにも容易く夜の街へ走り出せるなんて。一体、彼は私にどんな魔法をかけたんだろう。



(20100530)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -