あと、10分で着く。阿部からのメールを見たとき、もう1件メールが来ていることに気づいた。いつものメルマガかも、と思ってクリックした指が、かすかに震える。間抜けなアドレス。2人で遊びながら登録した、あのアドレスが、画面に表示されている。並んだ文字に、私は息をのんだ。神さまは試そうとしているんだろうか。


ホームスチール


がちゃ、とドアノブを回す音が聞こえて、雨の音が一瞬強く聞こえた。阿部だ。息を呑むように振り返った先には、いつもみたいに少しけだるそうな表情。頭によぎった予感に、心の中で首を振る。でも、本当は「もしかしたら」って少しだけ期待していた。本当に少しだけ?もう1人の私が問いかける。唇が歪みそうになって、口元を覆った。


「雨さっきより強くなったね」
「ああ。傘ぶっ壊れそうだった」
「…ありがとうね」
「ん?」
「阿部が来てくれて良かった」
「いきなりなんだよ」
「私もわかんない」


分からないけど、来てくれたのが阿部で良かったと思う。心の奥底から。夜中に「会いたい」って、何かあったの?私みたいに寂しくなった?でも、どうして私に言うかなあ。ねえ、田島。携帯をぎゅっと握りしめて、パーカーのポケットにしまい込んだ。阿部と触れ合って、忘れてしまえばいい。心臓が痛いのも、喉の奥がきゅうって苦しくなったのも、全部阿部のせいだって塗り替えてしまえばいい。


「ちょっとシャワー借りていい?」
「う、うん」
「眠いならちゃんと布団かけて寝んだぞ」


頷いたものの、眠れるわけなんかない。阿部が私に被せてきたTシャツを腕の中にしまいこむ。代わりにタオルを投げてやる。でも、届かずに床にぱらりと舞い落ちた。拾い上げる阿部とふいに視線がかち合って、雨の音が遠くなる。唇と唇が触れて、じんわり頬が熱を帯びていく。けれどそこから先には何も待っていなくて、廊下の角を曲がっていく背中を見送ったあと、唇を指でなぞった。安心できる温度。阿部のとなりにいれば、きっとずっと、私は幸せでいられるはずなのだ。


でも、それだけでいいのかな。幸せなだけが、いちばん私のほしいものなのか。分からない。でも、さっきから気になっているポケットの中の携帯。田島からのメール。カーテンを少し開けば雨はベランダにも水たまりを作っていた。最近地球温暖化のせいか、異常気象という言葉が年中溢れていて、今年の夏もまた例外ではない。急に降り出す強い雨。何かが起きようとしている。何かが変わろとしている。もうあとには戻れない。そう理解していても、私は踏み出してしまった。

(会いたいとは言えなかった。でも、会いたいと思ってしまった。)




20101115
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