「お疲れー」
「また集まろうぜ」
「ばいばーい」


結局あれからタイミングが合わなくて、田島と話すことなく解散することになった。でも、今はそれで良かったのだと思う。話したい気持ちは胸の中にあるのに、ずっと不安と隣り合わせだ。ただ漠然とした黒い塊が、私をじりじりと攻め立てる。きっと、これは神様からのお告げか何かなのだ。彼に触れるのは、危険。まるで、とどまることをしらない夏の太陽みたいに、私は焦がされるしかないのだ。


ホームスチール




朝から降り続いている雨は、ちょうどバイトから帰ってきた時間には、バケツをひっくり返したようなどしゃ降りに変わっていた。郵便受けに挟まっていたのは、不動産の購入や住宅展示場の案内ばかり。私の財布はそんなに景気良くないもんね。ぶつくさとバッグの中にそれを詰め込みながら、同時に鍵についているクマのストラップを引き上げる。


アスファルトを叩く雨。時折聞こえるタイヤが水溜まりを弾く音。それ以外、何もない。空に浮かぶ星も月も、今日は何ひとつない。ふいに襲ってきた空虚感に耐えきれなくて、ドアを開けると同時に携帯のボタンを押した。4回目のコールで、彼に繋がった。

「あ、もしもし…ごめん。起きてたかな…」
「大丈夫。バイト終わったのか?」
「うん。家に着いたとこ」
「雨すげえな。全然止まねー」
「うん」
「風邪ひかないようにしとけよ」
「うん」
「…さては、寂しくて電話してきたな」


自慢気に笑う阿部に、寄り添いたいと思った。しっかり筋肉がついた背中に腕を伸ばして、ひとつになってしまったみたいに、深くひっつきたいと強く思った。でも、今はそんなことすら出来ない。もどかしくて少し苦しい。たまらなくなって、靴を脱ぎ捨ててベッドに寝ころんだ。昨日洗濯したばかりのシーツには、まだ太陽の香りが十分に染み付いていて、少し心が息を吐いた気がした。人工的なものでいいから、何かに包まれていたいと思う。雨の夜は不安定だ。それでいて、人恋しい。



「お前の考えなんかお見通しだっつーの」


何気なく言った言葉だって、心にぽっかり穴が開いていたら、簡単に浸透してしまうものだ。ひどく胸が痛む。お見通しなんて言ったって、阿部はきっと知らない。田島に一瞬でも揺れてしまった私のことを。優しいことばにそんなことを思う私も、また知らない。


「阿部…今会いたい、って言ったら怒る?」


嫌な女だって思った。こないだまでのすべてをなかったことにする。そして、知らない顔で大好きな彼に会おうとしている。私が忘れようとしている密やかな想いは、どこへ消えていくんだろう。


「全然」


阿部の低くて柔らかい声が耳元をくすぐる。あたたかい気持ちになるのと同時に、申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。揺れてしまった自分を責めた。まっすぐ、私はこの人を好きでいたい。阿部だけを見ていたい。

「会いたい、な…」
「俺も」


携帯を強く握りしめて目をつぶった。間もなくして聞こえてきた電子音も、今なら幸せな音に感じる。そのまま余韻にひたりながら、携帯を折りたたむ。雨が降っているから、タオルと着替えを用意しておこう。今日は、飲み物に氷はいらない。

部屋中をぐるぐる歩き回っている間、携帯が緑のランプを灯していたのを、私はまだ気づけずにいた。




20101020
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