たった数日前のことが、ひどく昔のことのように感じる。あのときの自分を振り返ると、正直どうかしていたのだとしか思えない。大きな存在と引き換えに手に入れたのは、なんだろう。自由?希望?そんなあたたかいものなんて、何も持っていない。

分かってはいたけれど、阿部の存在はとても大きくて、力強いものだった。例えるなら、空気みたいな。ないと息苦しくて、でも当たり前のようにやってくる毎日では気がつかなかった。本当に大切だったこと。自業自得のくせに。私が何を思ったところで、阿部が帰ってくるわけでもない。ただ流れる静けさを持て余して、日が沈んで、また昇るのを待つ。そんな色のない生活を送るばかりだ。


手放せばきっと楽になれる。
そんなの、ただの理想論でしかなかった。






あれから田島と連絡を、取っていない。怖くてとれないのが本当のところ。

でも、どうしてだろう。田島より阿部に会いたい。いよいよ、私は自分の気持ちと向き合わなければいけなくなったのだ。もう逃げられない。たった1人になった私が、手を繋だい人を見つけるのだ。


ふらり立ち寄ってみたカフェ。あまり気分は晴れないけれど、一人になりたくない私にはちょうどいい。幸い、土曜日の午前中であるこの時間帯は、まだ人はまばら。入りのソファ席はすべて埋まっているわけではなかった。一番奥の、景色が綺麗な場所を選んで腰を下ろす。



阿部が、もっと無神経なやつだったら良かったのに、とあの時ほど思ったことはない。距離を置く理由とか、いっぱい問い詰めてくれたら、私だってきっと思い留まれたかもしれない。そもそも私が好きなのは、阿部だけで、一瞬田島が魅力的に見えただけ。そう言い聞かせれば、こんなことにはならなかったはずだ。わかっていた、のに。


グラスの中で氷が、カランと鳴った。まるで、それが合図だったみたいに、瞼がじわり熱くなっていく。あと何回繰り返したら、平気になるのだろう。そんなこと限りなく不可能に近いのに、ただ涙で歪んでいく景色にそう問いただした。阿部のことも、田島のことも、全部なくなっちゃえばいいのに。泣いているのなんて、一番ばかな私だけなんだ。夏の風はきっと私を包んでくれるけれど、まだ外には出たくなかった。思い出ばかりが詰まったあの夏の匂いは、きっと、喉の奥をきつく締めつけるだけ。苦しいだけ。


距離を置きたいと言った私に、阿部は言ったのだ。

「わかった」

それから

「今までありがとう」

と。それが何を指しているからは分かっていた。だから、こんなにも涙が溢れるのだ。もう私たちに明日は来ないのだから。
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