日曜日。明日からまた仕事かと思うと、窓から降り注ぐ日差しすら、鬱陶しく思えてくる。ベッドに寝ころんだまま、プロジェクトの企画案に目を通す。昨日零したコーヒーの跡を眺めて、ため息。どうせ、またやり直せって言われるから、別にいいか。

最近、何事も投げやりだというのは、自分で分かってる。だけど、どうしようもない。「汚いなあ」なんて言いながら、脱ぎっぱなしの靴下を、洗濯かごに入れるあいつがいない。それだけが、理由。いい歳してみっともないけど、それだけが全てだった。


珍しく部屋のチャイムが鳴る。新聞の勧誘なら、居留守使おう。そう思って、よれたジャージで、ふらりと玄関へ向かう。小さい穴から外を覗くと、見慣れたマフラーに、気がつけば右腕が勝手にドアを開けてしまっていた。


「ごめん、突然」


1ヶ月前に別れたあいつが現れて、俺は期待をしてしまった。夢なんじゃないかって、一瞬息をすることを忘れてしまう。ずっと、会いたかった。きっと、それの想いはどうすることも出来ない事実なのだと、嫌でも思い知る。夢で、良かったのに。


「鍵、返すの忘れてたから。…ちょっと近くに用事があって」
「あ、そっ…か」
「はい」


冷たい、小さな鉄の固まりが手のひらに落とされる。これが2人を繋いでいたんだ。ついこの前までは宝物みたいに大切に握りしめていた鍵を、何のためらいもなく、彼女が手放す。世界は途端に色をなくした。この瞬間、俺たちの間を結ぶものが、何もなくなってしまった。最後の小さな望みすら。


「またそのTシャツ着てる」


聞き慣れた言葉も、今は新鮮に感じる。それと同時に、忘れようと必死で消していた想いを、蘇らせる。大きく開いた首元を引っ張ってからかった彼女は、まるで別人のように見えた。妙に大人びて見えるのは、秋のおだやかな光のせいか。はたまた、俺の視界が揺れるせいか。


「こんくらいがちょうどいいんだよ」
「何それ」


いくら愛おしく思ったって、もう頭を撫でることも出来ない。動きそうになる体を、堪える。手のひらに鍵が突き刺さるほど、強く力がこもっていた。一瞬、彼女が寂しそうな目をしたように見えた。でも、自分が望んでいるからかもしれない。確信が取れない。もう一度視線を向けてみると、1番初めに見た揺るがない瞳だけが見えた。ほら、また俺の想いばっかりが宙ぶらりん。どんなに探しても、あいつの気持ちなんて、ここに見つかるはずもない。


時計の針の音だけが、鼓膜を叩く。沈黙がこんなに居心地悪いなんて、思いもしなかった。息つく暇もなく、いろんなことを話してくれた唇は、噛み締められたまま。いつ開くのか待ってみても、たまに視線がぶつかるだけ。去ろうともしない。


「私さあ、」


俺を見上げる小さな身体。嫌な予感がした。コートのポケット付近をさまよっていた右手。薬指の華奢な指輪。それが何を意味するのかは、視界に捉えた瞬間分かっていた。彼女の口から事実を突きつけられるのが怖くて、俺は平然を装って口を開いた。


「なんだ。彼氏出来たんじゃん」
「あのね、準太……」
「幸せになれよ」


かっこつけたつもりだった。そのくせ声は震えるし、手のひらは驚く程冷え切っている。頷いてゆっくり振り返った背中は、今までで一番小さく見えて、胸の奥底から涙が溢れてきた。そんなの嘘だ。俺が、幸せにしてやりたかった。そんな言葉も、もう届かない。秋が嫌いだと思ったのは、これで二度目だ。西日は、今日もこの部屋に降り注いでいるのに、彼女はもういない。


song by ♪ 合鍵 / カラーボトル

20101017
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