世の中に優しい人は、たくさんいる。でも実際、その半分は押し付けがましい優しさだったりするから、残り半分がさりげなく優しくできる人。そして、なんて条件づけして減らしていったら、栄口って1に限りなく近い気がする。ほんとうにやさしくて、わたしがやさしくされたいのは、たったひとりでいいのだ。



「お前ってホントじゃんけん弱いよなあ」


笑いながら、スーパー袋を2こも持ってくれる。「私にも持たせて」って呟けば、栄口の財布を渡される。中身は確かに入ってるんだけど、私が持つ意味あんのかな。そう思うけれど、こういうことって仲良くないと出来ないことだよなあ、なんて都合よく解釈して、大事に茶色の革のそれを握りしめた。


その前に、だ。だいたい買い出しの係は私なのに、どうして栄口がいるんだっけ。とぼとぼ外に向かう私の名前を呼んでくれたのは覚えてる。ただ、そこに行き着くまでの経緯は分からない。困ったように笑う栄口の顔だけが、ぼんやり浮かんだ。両手にぶら下がった透明な袋からはみ出しそうな、お菓子の山。美しい秋に染まった道を歩くのは、なんだかちぐはぐな気がして私も同じように眉を下げて笑った。

「合唱、優勝できると思わなかったね」
「だよなー」
「私なんて緊張しすぎて歌詞間違ったし」
「あーあ!みんなにバラしちゃお」
「だめ!栄口秘密にしといてよー」
「はいはい、秘密ね」


別に言ってくれたって構わないけれど、せっかく2人きりになれたのだから、何かふたりだけのものを作っておきたい。例えば、ただの失敗談でも。栄口がわざとらしく唇に指をあてて、にっこり笑えば、それだけで私は舞い上がることができる。単細胞を喜びたい。おめでとう、私。



「しかし、先に買っとけって話だよな」
「そうだよねー」



がさがさと大げさな音を立てて、ビニール袋を揺らす。見るからに重そう。カートからレジに運ぶときからずっと、栄口は私に荷物を触らせてはくれなかった。これじゃあただお菓子を選びに来たまぬけみたいだ。



「てかごめんね。重たくない?」
「え、いいよ。こんくらい」



そうは言ってくれても、持たせっきりというのは非常に罪悪感があるものでして。無理矢理持ち手を指に引っかかけて揺らしても、一向に離れない栄口の手。うーん。困ったなあ。


「こら、離しなさい」
「私結構筋肉あるから大丈夫だよ」
「うそくさいなあ」
「本当に!腕立て30回できるもん」
「だめ」
「えー…」
「女の子にそういうのさせたくないんだよね」



瞼のずっとずっと奥が、じんわり熱くなった。気づかれないように下を向いて、一回深呼吸をしてみた。でも、心臓が痛いのも、栄口をまっすぐ見ることができないのも変わらなかった。栄口の目に、ちゃんと女の子として映し出されている自分が、とてもこそばゆい。当たり前なのに嬉しくて、どんどん上がっていく熱を無視はできなかった。




「…栄口って優しいね」
「んー。そうでもないよ」
「え、なんで?」
「結構計算高いんだぞ」
「そんな風に見えないけど…」
「そうだなあ。例えば、      」




柔らかくてあたたかくて、それでも私の呼吸を止めるには十分だった。栄口の目をまっすぐ見れないのは、今日何度目だろう。


永遠を呼ぶ数式

(手伝えば2人きりになれるとか、ね)


20101124
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