どうぞ、と通されたのは8畳くらいの部屋。予想通り片づけられていて、やっぱり栄口さんらしいなあと笑みがこぼれた。この前出かけたとき一緒に選んだ薄いブルーのカーテンは、思ったより光を通していて、その色がより一層淡くなる。ひらひらと風に泳ぐ姿が、なんだか美しくて見入ってしまう。



「私も水色にしようかな」
「え?何が?」
「あ、カーテンの話です」
「そういうことね。びっくりした」

でも、俺はあのカーテン好きだなあ、と言う。クリーム色に小さい花が散らばっているあのカーテンは、栄口さんが本気で好きなわけなんかないのに、なぜか安心できる。そのままでいいような気がしてくるから、不思議だ。しばらくは保留にしておこう(なんて私は単純なんだ)


淡いベージュのソファに腰を下ろしてみる。2人で選んだものが、こんなにいっぱい溢れているのに、ここに来るのが初めてなんて、なんだか変な感じ。でも、実家と聞いたら、お邪魔するのは遠慮がちになってしまうと思うんだ、誰だって。今日は、たまたま誰もいないって言うけど、それは良かったような残念なような。栄口さんの家族に会いたかったかも。


「あの、皆さんいないのに大丈夫なんですか…」
「大丈夫っていうか、彼女なんだからおかしいことじゃないでしょ?」
「うーん、そうですけど…」
「あ、紅茶でいい?」
「はい、ありがとうございます」
「そうだ!せっかくだし、こないだ言ってた卒業アルバム見る?」


部屋の隅っこにあった大きな本棚の前にしゃがみこんで、がさがさと、それを探し始める。いろんな本がぎゅうぎゅう詰めの1番下から、少し大きい薄い緑のアルバムが出てきた。あの中に、私の知らない栄口さんがいるんだ。自然と身体が前に向かってしまって、そわそわ落ち着かない。

隣に栄口さんが座って、まずはケースを外す。西浦高校と書かれある、ちょっぴり重そうな表紙をめくった。その瞬間、なにかの香りがふわっと鼻をくすぐった。紅茶じゃなくて、多分アルバムそのものの匂い。懐かしくて、少しだけ泣きそうになる。私の思い出なんて、一つもないのに。


「んーと…あ、これが俺のクラスね」
「ほんとだ!栄口さんがいる」


今と変わらない、はにかんだ笑顔に少しほっとする。私の知ってる栄口さん、だ。髪の色も、下がった目尻も、全部ここにあるまま。それでも、周りには初めて見る顔ばかりが並んでいて、どことなく寂しさを感じる。さりげなく寄り添ってみると、栄口さんは、ちらりと私を見て、右手をぎゅって握りしめてくれた。あったかい。でも、どんなに頑張ろうと、あの頃の栄口さんには会えない、触れられない。


「あんまり変わらないですね」
「え、それって喜んでいいとこ?」
「うんうん!でも、見た目はですよ。どんな高校生だったかなんて、私は知らないし…」
「あはは、そうだよね」


なんか、意地悪みたいに聞こえちゃったかなあ。少し俯いて、失敗したと下唇を軽く噛む。ただでさえ年下なんだから、つまらないことでわがまま言いたくない。でも、でも。栄口さん、怒ってるかな。頭をゆっくり撫でてくれる指が、なんとなく許されているような気持ちにさせる。それでも、すぐ拗ねる自分にいつか呆れられるんじゃないかって、不安にもなる。隠しても、栄口さんには絶対暴かれてしまうんだから。


「じゃあ、今度の土曜日一緒に行こう」
「え、土曜日って野球部のみんなと焼肉行くとかって言ってました、よね?」
「うん、だから行こう」
「私は行かない方が…」
「知りたくないの?俺のこと」


ふいに柔らかい視線が、色を変える。私、こういう栄口さんって苦手。嫌いとかそんな類のものじゃなくて、どうしたらいいか分からなくなるから、苦手だ。思考を止められてしまう。その艶めく瞳の奥の危うさに、言葉を失ったり、赤くなっていると、「冗談だよ」なんておどけてみせるから、私は、また恥ずかしくなって俯いた。


「う…からかってるんですね」
「ごめんごめん。でもさ、」

「はい」
「みんなにちゃんと紹介したいんだ。一生一緒にいたい人だ、ってね」


1日に何度私の心臓を止める気でいるんだろうか、この人は。最後の言葉の意味を考えたら、胸の奥が感じたこともないような速さで、揺れている。かっこよく言いきった栄口さんの耳が真っ赤だったのは、見なかったことにしておこう。


20100910


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