島崎、と名前を呼びかけて止まった。いや、止められたんだ。唇に柔らかい感触を感じた瞬間、胸の奥で何かが割れて、何かが溢れた。島崎の揺れ動く輪郭を、なぞるだけ。それだけなのに、心臓がひどく痛んだ。


(星が、きれい。私には、もう、それしか分からない)


頭に酸素を送ろうと、めいっぱい息を吸い込む。でも、すぐ鼻の先にある島崎の顔が、簡単なことすら許さない。どんどん酸素を奪われていくのに、私はまた唇を合わせてしまった。島崎には、逆らえないのはなぜだろう。少し色素が薄い瞳が、ちらりと私の瞳の奥を見つめて、もうそれだけで操りきれない気持ちが動く。でも、苦しいのも、たまらない。ずっと、こうしていたい。シャツの襟元をぐしゃぐしゃに握った。


蒸し暑い夜だ。バス停にも、誰もいない。車道を行き交う車もまばら。毎日見慣れた景色が、違う色を私に見せてくれる。夜だけの特権。


頬をなでる指は、骨ばっているけれど、やさしく滑っていく。ざらざらした感触もわかる。どんな小さな動きも、感じ取れる。研ぎ澄まされ感覚の中で、熱を追う。でもさあ、島崎。こんなの不条理だって分かってるでしょう。


「辞めた方いいよ」
「どういうこと?」
「…キスしたりとか。そういうの」
「なんで?」
「彼女、いるじゃん」

ふうん、と冷たく私を見下ろす。それすら、危うくて綺麗。ぼうっと見入っていると、指で私の髪を弄び始めた。とかすような動き。



「じゃあ、なんで俺と一緒にいんの」

正しいことを突きつけても、結局は私も同じ。共犯者なんだ。


「分かんない」
「彼女いるの知ってるんだろ?」
「知ってる」


嫌だなあ。私、ずるい女だな。一瞬でも、私だけのものに出来るって、勝手に思い込んでいた。いっそ冷たくするなら、私に触れないでよ。でも、島崎は知ってる。そう思っていることも、それを拒めないことも。



この世の中に、私と島崎だけなら、きっとこの夜は限りなく透明で、島崎の横に見える北極星も、マイナス等級で光ってくれると思うんだ。



20100914
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