条件反射、というものなんだろうか。テレビから流れるあの曲に、思わず手を強く握った。この夏、何度も耳にした歌。すーっと心に染み込んでくるような、柔らかい男の人の声。去年もこの季節、同じようにテーマソングを聴いていたなあ。たしか今年よりもっとテンポの速い青空みたいな曲だった。今年のは、たとえるならば太陽かなあ。その歌の言葉たちは、どうも阿部とリンクしてしまう。阿部しかイメージできなくなる。去年はどんなことを考えて聴いていたのか、それすらもう遠い記憶になっていて、今の私は彼でいっぱいいっぱい。サビに向かっていくにつれて、心拍数はあっという間に高まって、身体の奥にびりりと緊張がはしった。歌と相まって、反対側の耳には気の抜けるようなあくびが届く。


西浦高校という言葉のあと、画面に映る空と、大きなスコアボード。スタンドの歓声、サイレン、審判の合図で守備位置につくみんな。ついこの前感じたものが、映し出される。今は、そのときと似つかないような暗い空が世界を染め上げているのに、ちゃんと思い出せる。瞼の裏にしっかりと焼き付いたあの空間と、すべてがぴったり重なる。焼けた肌はまだひりひり痛むけど、それすら嬉しい思い出だ。



「あー緊張してきた」
「ハイライトだぞ。お前バカか」
「だって!阿部映るんだよ」
「まあ、映るだろうね」
「違うの、そういう意味じゃなくて…」
「どういう意味だよ」


にやり、と片方の口元だけ歪ませるあの笑い顔が頭に浮かんだ。絶対、からかわれてる。阿部が欲しいのは私の答えじゃなくて、慌てたり焦る姿なんだろうけど、まだ言ってやらない。阿部が好きだから、大好きだから緊張してるなんて。多分、テレビだけのせいじゃない。電話のせいか、いつもより少しだけ低く感じる声とか、色々あるんだと思う。まあ、どれにせよすべては阿部のせいなのである。



「いいよ、バカには分かんないもん」
「あっそ」


結果だって分かってるし、何点差とか、誰が打ったとか、ちゃんと覚えてる。覚えてる、けどさあ。やる気のない阿部の言葉が聞こえてきたとき、ちょうどみんなが三橋くんに駆け寄る姿が映されたところだった。ああ、本当にみんな嬉しそうだなあ。勝てて、良かった。何度も込み上げてくる熱い気持ちは、いつまでも冷めないんだろうな。こうやって改めて野球してる姿見ると、電波の向こうで息をしている阿部じゃないみたいで、どきどきする。本物はどっちなのかと、惑わされてしまう。初めて野球をしてる姿を見てから、毎回毎回、懲りることなく心臓が身体をかじりとるんだ。ばくばく。まるで、体中に心臓があるみたいに、色んなところが熱い。



「西浦の終わっちゃったじゃん!ちゃんと見てた?」
「はいはい」
「さては嘘だな」
「はあ……。お前な。俺はあとから全部ビデオで見れるからいいんだよ」


何度ついたか分からないため息をついたあと、阿部は麦茶がなくなったと言った。私にとってはどうでもいいことだけれど、電話し始めてから2杯目になる。そういえば、だけど。日付は変わってしまっている。毎朝早起きしてる阿部には、もう眠い時間のはず、で。あれ、その前に何で電話したんだっけ。何か言いたいことあったような…あれ。


黙り込んだ私に、テレビからの歓声がじわり入り込む。そして、耳をすましてみれば通話口からは、何も聞こえない。寝るぞって、いつもみたいに電話を切られる前に、言いたいこと、言いたいこと…。とても重要なことだったはずなのに、そしてすごく単純なことだったのに。


「あ、べくん…」
「なんだよ、気持ちわりぃな。三橋のマネか」
「違うけど…いやあ、静かだから寝たかと思って」
「眠いけど」
「そうだよね、ははは……ごめんなさい」
「つか、寝る前に言うことあんだろ?」
「え、何でそれ阿部が」
「電話の前、メールよこしたんだよ!お前が!応援してやるとか言うから」


早くしてくんねえかな、と明らかに機嫌が悪くなってしまって、私は手のひらがすっかり汗ばんでいる。握りしめた携帯も、多分私と同じだ。


「えっと…次も頑張ってください」

少し間があって、ありがとうと聞こえてきて、私は心臓を握りつぶされたみたいな感覚を感じていた。意地悪なんじゃないの。なんで、そんなやさしい声で言うの。もう、だめかも私。



「んじゃ寝るわ。おやすみ」
「ちょ、ちょっと…!」


結局、やさしい阿部は一瞬で、相変わらず勝手ないつもの阿部に戻ってしまった。ツーツーという音が間もなく聞こえて、私はようやく携帯から耳を離す。私の言葉をちゃんと受けとめてくれたってことは、だ。少しだけ期待してもいいっていうことなのかな。さっきブラウン管に映し出された阿部は、いつもの何倍もかっこ良かったから、悪口の代わりに私の本当の気持ちがこぼれた。




(どうしようもなく、好き)



20100819
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