風呂あがりだとか、甲板掃除にあたったときだとか、そういう時エースはデッキシューズを履いた。普段は常のショートブーツに隠されている骨の張った足首は太陽の光から遮断されているせいで日に焼けず、青い血管が際立っている。彼は裸足に踵をつぶしてそれを履いた。彼の踵には両足ともほくろがあった。

「いい天気だなあ、マルコ」

エースは敬礼するみたいに額に右手をかざし、空を見上げた。俺は眼鏡を鼻先まで下げて、同じ空を見た。すごくまぶしいが、初夏の日差しは未だ春の柔らかさを残す。アイスコーヒーと新聞を抱えて過ごすには最高の陽気だった。

「ああ、そうだねい」

「掃除日和だと思わねえか」

モップに両腕を乗せ、顎を置いてエースは笑った。

「ああ、思うよい。掃除がんばれ2番隊」

我関せずと煙草をくわえて新聞を広げると、エースはバケツに手を突っ込んで、水鉄砲を俺に飛ばした。

「何すんだよい」

「掃除の邪魔だって言ってんだよ1番隊隊長」

モップを振りながらこちらに向かってくる彼に眉を寄せれば、俺が口を開く前に悲鳴が聞こえた。

「新入りてめえマルコ隊長になんてことしてんだ!」

「いってえ!」

空のバケツで背後から頭を殴られたエースは険しい顔をして、古株の2番隊員を睨み付ける。その眼光に鋭さはない。こちらもずいぶんと柔らかくなったもんだなあ、と俺はもういちど空を見上げた。
湿気を含んだ生ぬるい風がエースの羽織った白いシャツを揺らす。初めて見る服だ、とふと気付く。彼はいつも黒いハーフパンツにシャツというスタイルだけれど、シャツは色物を好んだ。白いシャツは彼を歳相応に見せた。表情によっておとなっぽくもあどけなくも見せる、少年と青年の狭間の独特の無垢さ。
しかし彼がこの船に乗ってから島に停泊したのは一度きりであるし、そのときは彼は町へは出ていかなかったはずだ。まだ船に慣れていなかったエースは戸惑いがちに浜辺をうろうろしただけで、あとはずっと船に残っていた。

「おい」

「ん?」

「そのシャツどうした」

エースはいかにも不意をつかれた、というような表情を浮かべたあと、確かめるみたいに襟をつまんで引っ張った。よく見ればそのシャツはきれいではあるけれど、ずいぶんとくたびれていて、とても新品には見えない。いちばん上のボタンは使われることはないだろうが、取れてしまっている。

「もらったんだよ。なんか知らねえけど、みんなサイズが合わなくなった服とか、読まなくなった本とかくれる」

俺は必死に耐えたが、そうか、と返した声は明らかに震えていた。何もわかっていないようすでこちらを見返すエースに、俺はやっぱり耐えきれずに声を出して笑ってしまった。

「なに笑ってんだよ!」

「いや、おまえ、ははっ。しっかりかわいがられてんじゃねえか」

「はあ?」

「みんなおまえに何かしたくて仕方ねえんだよい」

戸惑うエースに笑いをこらえた声で言うと、彼は不機嫌なようすで何か言い返そうと口を開くが、どう返していいのかと視線をさまよわせる。おもしれえなと彼の言葉を待っていれば、聞こえたのはエースの声ではなく彼を呼ぶ声だった。

「おい、エース!ぶどう洗ったんだが食うか?」

俺は新聞も煙草も投げ出して、腹を抱えて笑った。エースは真っ赤になった。

「邪魔だっつってんだろそこ退けこのパイナップル!」

初夏の気候と白いシャツは、彼を幼くさせる。しかしそんな彼は俺のことも幼くさせるなあと、飛んできたデッキシューズを避けられなかった額を押さえて俺は思った。





11.05.14



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