テーブルにホイップ・クリームを置いた瞬間、脇を通り抜けたエースの指先がそれを掠った。
「ばれてんだよ。つまみ食いすんな」
サッチのため息混じりのその声は、既に諦めしか感じられない。振り向いたエースはクリームをすくった人差し指をぺろりと舐めて、上唇に移ったそれもきれいに舐め取った。そして笑う。
「いきなり目の前にうまそうなもんが出てきたら、そりゃ手え伸びるだろ」
サッチは俺を見て両手をあげる。俺はおおげさに肩をすくめてジョッキに口をつけた。
「クリームなんて珍しい」
エースは両手をテーブルにつき、ボウルの中のクリームをのぞき込む。そして俺を見た。どうしてこいつらはいちいち俺に同意を求めてくるんだろう。
しかし確かに珍しい。
サッチは停泊している間だけ、趣味でたまに料理をするけれど、デザートは見た目も味もさっぱりしたものを好んだ。彼はアルコールたっぷりのジュレが得意だった。たまに凝ったものをつくっても、マフィンあたりがせいぜいだ。
「わかんねえかなあ」
サッチは腕を組んで俺とエースを交互に見る。俺はエースの疑問と同意を求める視線に、伺うような横目で応えた。
「よしわかった。まず、マルコ。おまえ今日何してた」
「朝飯食ってからずっと仕事だよい。ようやく一区切りついたからこうして休憩してんだろうが」
「え、休憩かよ。それアルコールですけど」
「文句あるか」
サッチは眉を上げて、両手の親指をくっつけるようにして広げた掌を見せ、水平に左右に開いた。
俺は肩に手をあてて首をぽきりと鳴らす。彼は困ったように笑った。
「それで?エースは?朝飯食ってから何してたんだ?」
「ああ、午後は俺の隊が仕入れだからな。弾薬庫で準備してたら汚れちまって、今体洗ってきたとこ」
エースがすん、と鼻を鳴らすと、サッチは大きくため息を吐いて首を振った。いちいち仕草が演技かかった男だ。
「おまえらよお。こんなに天気がいいってのに、今日まだ外に出てねえんじゃねえか」
「出てねえよい」
「出てねえな」
まったく滑稽だと思いつつもついエースのほうを見れば、当然彼もこちらを見ていた。たっぷり3秒顔を見合わせてからサッチに視線を戻すと、しっかりボウルを抱えたサッチは小指ですくってクリームをぺろりと舐めた。そしてその小指を外へと向ける。
「10分経ったら戻ってこい。そのとき1番食べたいと思ってたもんが食べられるぞ」
素直に外に出てみると、砂浜の先にはたくさんの花々が咲いていた。初春特有の、あたたかいけれどどこか冷たい後味を残す心地よいさっぱりとした風が、とびきりあまいにおいを運んでくる。
花のにおいだった。
「甘いもん食いてえな」
とエースが言った。
俺もこのときばかりは、苦い煙草よりも甘いクリームがほしいと思った。
11.03.25