多くの死、争い、罪業を見ていると、禽獣だってどうしようもない思いに捕らわれることがある。世界の狂愚に慄然とする。そして自身の境涯の堅牢さに疑いを持ち、夜になると人知れず頭を抱えるのだ。

特に近しいものを失ったとき、おぞましい思い出を彷彿とさせるものごとに出会ったとき、俺はその恐怖に逢着する。それが姿を現すのは、大抵において夜である。闇が怖いのに闇を求める。風の音が不気味であるのに、その不気味さが心地よい。そして何よりそんな世界のにおいを愛する。
それらを求めて外に出ると、運の悪いことに人に出くわしてしまった。
今まで隣室は空き部屋だったから、階段を挟んでこちら側の通路は俺だけのものだった。この通路の前にある部屋は2部屋だけだからだ。最近、その隣室に住人ができたのを、俺はすっかり失念していた。
しまった、と額に手をあてる俺のようすはあからさまに誰にも会いたくなかったと示しているはずなのに、きれいに無視してエースはいつも通りの声音で言った。

「マルコじゃん」

「…何やってんだよい、こんな時間に」

「ん?さあ、わかんねえ。意味なんてねえよ」

エースは笑って上を向くと、器用にドーナツ型の煙をふたつ立て続けに、ポン、ポン、と吐き出した。そしてもう一口煙草を吸うと、今度は気だるげに口からふう、と煙を吐き出す。そして吸い殻を握りつぶした。

エースの、なにかに帰結したような、どこかコケティッシュな香りさえ漂わせる、その水底のような雰囲気に呑まれたのかもしれない。気付くと俺は口を開いていた。

「夜は、よけいなことを考える」

エースが俺を見たので、とっさにしまったと思い、脇の下にじわりと汗が滲んだが、彼はなんでもないふうに言うのだった。

「そのために夜がある」

エースはかわいい末っ子だ。それは変わらない。しかしその瞬間、彼は俺の中で、子どもではなくなったのだった。






キスをしながら、首に回された腕を払ってやるとエースは笑った。彼は俺がそうされるのを好まないと知っていて、敢えてそういった仕草をする。
そりゃあそうだろう。自分よりもずいぶんと小さく、細く、儚い体にそうされれば愛しさも湧くが、体格のそう変わらない男に首を抱き寄せられたって、まったく色気を感じない。
仕返しとばかりに乱暴に顎をつかんで口付けると、呼吸の合間に離した唇から舌打ちが漏れた。

「また指の痣残す気かよ」

「嫌かい」

「当たり前だろ。戦闘で俺がしくじったみてえじゃねえか」

サッチがよく顎髭を撫でるのとそっくりな動作で首を撫でるエースに思わず噴き出せば臑に蹴りが飛んでくる。

「おまえはどうしてそんなに足癖が悪いんだよい。痣になっちまうじゃねえか」

「嫌か?」

「不死鳥の体に痕残すたァどういう意味かわかって言ってんのか」

あまい言葉を吐いたつもりだったのだけれど、エースはまったく聞いておらず、楽しそうに触れるだけのキスを繰り返す。彼はこんなにも単純で簡単な愛情表現が、いちばんだいすきだ。

「はは。楽しくなってきた」

「なんでだよい」

「さあ?わかんねえ」

「その返事は聞き飽きた」

俺からキスをしようとすると、エースはするりと身をかわす。

「煙草吸いてえな」

ベッドに放った俺の上着のポケットを漁るエースにため息をつき、その背中を蹴飛ばしてやった。
こいびとに煙草なんて吸わせるもんじゃない。



火を恐れるけもの






11.03.17





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