パロディで貴族の隠し子イヴェールと吸血鬼ローランサン。
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 焼けるような咽の痛み。限界まで飢えた肉体は滴る赤を渇望していた。荒れる息、霞む視界、真っ白な世界。生存本能が動けと命令したが、俺はそれを拒否した。
 もう、いいんだ。
 目を閉じて薄く笑う。そう、これでいい。俺はもう疲れたんだ。
 動けない身体はいずれ誰かに見つかり、その後教会に引き取られるだろう。そして、見せしめのために十字に貼り付けられて、全身から最後胸に杭を打たれるんだ。聖水と偽ったただの毒水を飲まされるのかもしれない。何にせよ楽には死ねないんだろう、きっと。
 次に目を覚ますときにはどうか、別の幸せな人生を歩めますように。死んでも叶わない願いを捧げ自嘲の笑みを浮かべた後、ゆっくりと意識がフェードアウトした。



***



 頬に鋭い冷たさを感じた。恐らく水がかかったんだろう。
 ああ、俺捕まったんだな。きっと今のは起きろという事なんだろう。残念、夢はやはり夢のままらしい。
 そう思っていたが、不意に何か温かいものがそれを拭った。それが人の指だと気づくのに、大して時間はかからなかった。
 おかしい。あいつらはそんなに良心的だっただろうか。頭を過ぎったのは残虐な笑みを浮かべて人を殺す奴らの姿。疑問は危機感へと変換され、意識の覚醒を促した。それに合わせてゆっくりと目を開けた。
 まだぼやける視界を瞬きをすることではっきりさせていく。何度か繰り返せばすっかり元通りになった。
 意識の覚醒につれ、自分がどういう状態なのかもわかってきた。腹は相変わらず極限状態だが、不思議と咽は渇いていなかった。そして、今は恐らくベッドか何かの上に寝ている。俺が最後に居た場所は確か森の獣道のど真ん中。つまり、ベッドに寝ていたはずがない。どういうことだ?

「ああ、やっと起きたな。大丈夫か?」

 声の聞こえた方向へ顔を向けた。そこには、等身大の人形があった。いや、正確には人形のように綺麗な人間がいたのだ。
 美しい銀糸に雪のように白い肌。その中で妙に映える赤い瞳。顔のパーツ一つ一つが計算され尽くしたかのように完璧に配置されていた。完璧過ぎる容貌はどこまでも中性的だが、肩幅が広いのと胸が無いのと、あとさっきの声からして恐らく男なのだと思う。……男だ、多分。
 状況が飲み込めないのと目の前に現れた人間に驚き呆然としていると、コップを差し出された。中には水が入っていて、倒れる前の妄想がちらついた。戸惑いながらまじまじと見つめていると、それに感づいたのか目の前の男はコップの水を軽く口に含んだ。

「……ほら、毒は入ってない。安心して飲め。」
「……ああ。」

 良かった、やっぱり男だったらしい。俺はコップを受け取って、一気に咽へと流した。腹が満たされることはないが、それでも咽が潤うのは嬉しかった。飲み終えた空のコップを男が受け取り、すぐそこにあった机に置いた。
 改めて向かい合うが、それでも綺麗な男だと思う。男は椅子をベッドの脇まで持ってきて、さて、と声を上げた。

「気分はどうだ?」
「あ、いや、大丈夫だ。」
「そうか。良かった。……ここは俺の家。昨日たまたま倒れてるお前を見つけて、家まで運んできた。」
「そうか……。ありがとう。」
「どういたしまして。」

 どうやらこの男は俺を助けるつもりで家まで運んでくれたらしい。死のうとしていた俺にとってはありがたいのか、ありがたくないのか微妙なところだが、それでも教会の奴らに捕まるよりは断然ましだった。大人しく礼を言うと男は相変わらず綺麗に微笑んだ。
 それにしても、このご時世に素性の知れない奴を拾うなんて、余程話し相手に困っていたのだろうか。
 男は微笑みを湛えたまま話を続けた。

「あんな山奥で倒れてるなんて珍しいな。なんか訳ありか?」
「……わかってるのに、良く俺みたいなのを拾ったな。」
「それだけ暇だったんだよ。」

 訝しい視線を向けると、男は口元に手を当ててくつくつと笑った。

「別に、警察を呼んで捕まえて貰おうとかは考えていない。そこは信用してくれ。」
「いきなり会った見ず知らずの男を信用できると?」
「俺はお前を信用して助けたんだけど?」
「…………。」

 確かにそうだが、それはこの男が勝手に思っただけで俺は関係ない。しかし助けてもらった手前、そんなことを言えるはずもなく口ごもった。そのままでは悔しいので、少し男を観察させてもらった。
 男の佇まいは実に優雅で上品。そういえば、この部屋も一人部屋にしては妙に広い。貴族、なのだろうか。でもそれにしては警戒心の薄い。最近は盗賊に用心してか、あんな森の中に来る物好きな貴族はまずいない。我が身の可愛さに、屋敷に引きこもっているはずだ。……盗賊をやっていたから、良くわかる。
 詮索する視線に気付いたのだろう、溜め息を一つついて苦笑を浮かべながら、男はやはり上品に腕を組んだ。

「本当にうたぐり深いな……。仕方がない。俺から素性を明かそう。」

 そうしたら、お前も話してくれるか?首を傾げて聞いてきた男に、場合に依るがな。と言ってから、話を聞く体制に入った。

「俺はイヴェール・ローラン。ローラン伯爵家の隠し子だ。」
「ふーん……。……え?ローラン家の隠し子?あの清廉潔白で有名なローラン家の!?」
「清廉潔白なのは表向きだけさ。……その評判を知ってるなら、大体わかるよな。」
「山奥に隠されてるってか?そう簡単にそんな突飛出た話……」
「事実は事実、信じるか信じないかはお前次第だ。さて、次はお前の番だ。」

 じっとこちらを見つめてくる目を、同じように見つめ返す。嘘をついているかついていないか、相手の心の内を探ろうとじっと見つづける。男、改めイヴェールは全く動じずに俺の視線を真っ向から受け止める。そればかりか、視線だけで話を催促してくる。歪みのない赤に遂に折れて、溜め息をついたのは俺だった。

「……俺は、ローランサン。想像がつくだろうが、盗賊をやってた。ここ最近、仕事も金もなくて何にも食ってなかったから倒れた。」
「へぇ、盗賊。お仕事大変?」
「まぁ……。つか、ちょっとは警戒しろよ。仮にも俺は犯罪者だぞ。」
「ローランサンがそう言ってる間は、警戒する必要なんかないさ。」

 イヴェールは口元に手を当て、何かを考えている。その様子に少しの不安が過ぎった。まさか、今更警察に突き出すとか言わないよな。そんなことをされたら後の展開は嫌というほど具体的に予想がついてしまう。
 心のうちでぐるぐると考えていたとき、イヴェールが突然顔を上げた。

「……よし、決めた。ローランサン、うちで働かないか?」
「はぁ!!?おま、俺、今日会ったばっかの人間だぞ!?」
「構わないさ。別に咎める奴もいないしな。何も使用人になれ、と言ってるわけじゃない。盗賊なんだから、それなりに腕は立つだろう?」
「そりゃ……まぁ……。」
「だから用心棒をしてほしい。このご時世、こんな山奥といえどまれに賊が出るからな。ちゃんと住む場所と食事は保証する。」

 コイツ、大丈夫か?危機感なさすぎだろ。しかし申し出自体はまたとないもので、競り上がる空腹感が俺の脳内を支配する。

「……生肉とか、食える?」
「生……?別に、食べれるけど?」

 ぐらり。食欲に支配された俺の思考は、一気に傾いた。駄目だ、流されるんじゃないと理性は叫ぶが所詮人も俺も動物。本能に抗えるはずもなかった。

「わかった。」
「よし、交渉成立だ。よろしくな、ローランサン。」

 微笑みながらそう話すイヴェールを見て、ああ釣られたなと一人思った。







食欲に負ける
食欲だって立派な三大欲求の一つだし、俺が負けたって別に不思議じゃない。



100418

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