やることがない。イヴェールの家に遊びに来た俺はやることが何もなく、すっかり暇を持て余していた。今日はイヴェールの妹のノエルちゃんから、夕飯を一緒にと呼ばれて来た。が、来たのは良いものの料理ができるまでの間は必然的に暇になる。イヴェールに教えてもらわなければいけないほど難しい課題もないし、特別な提出物があるわけでもない。そして、コイツの家には最近の雑誌というものが極端に少なくあるのは参考書やら小説やら俺があまり読まないものばかり。そういう諸々の結果として、今俺は物凄く暇な状態に置かれていた。ちなみにイヴェールは俺の前で悠々と分厚い本を読んでいる。題名は外国語っぽいのでわからない。
 暇だ、暇だと思っても状況が変わるはずがない。俺はとりあえず見慣れたリビングを見渡してみた。前回来た時に比べて変わったものといえば本の量くらいで、他はなんら変わりない。こいつ本当に健全な男子高校生か。若干不安になるもののそうでもないか、と一人納得した。深くは追求しないでほしい。そうこうしつつも面白そうなものは何一つなく、結局状況は始めに戻る。ああ、こんなことならDSでも学校に持って来ときゃ良かった。

「イヴェール、何かねぇの?」
「本ならあるぞ。」
「それ以外。俺が楽しくなれそうなもの。」
「無いな。」

 家主を頼ってみたが意味が無かった。そうだろうな、と予想はしていたものの若干ショックだ。つまり俺はこれから大体一時間ほど一人暇を持て余す必要がある。生憎家に帰るには遠いし、こんなときに限って携帯は充電切れだしiPodは家に置きっぱなし。今日は本当についてないな。これはノエルちゃんの料理に期待するしかない。
 とは言ったものの、俺に一時間何もせず大人しくしているなどという芸当は出来るはずもなく再び暇つぶし道具を探し始める。なんでも良いから暇が潰れるものはないか。微かな希望を抱いて部屋を歩いていたとき、ふと足になにかが当たった。目を向けるとそこにあったのは黄土色をした箱、段ボールだった。なんでリビングに段ボール?不思議に思ってそれを見ていると、そんな俺の様子に気づいたイヴェールが説明してくれた。

「三日前、本が沢山来たって喜んでただろ?その時の段ボールだよ。」
「ああ、俺がイヴェールの部屋まで運んだあれか。」
「ちゃんとお礼はしたから別に不満は無かっただろ。」
「あの時の飯は本当に美味かった…。」

 理由だけ言ってイヴェールはすぐ本に視線を戻した。どうやらこの段ボールは俺が三日前に運んだ、中にハードカバーの本がぎっしり詰まっていたアレらしい。あの重さは並みじゃなかった。真面目にぎっくり腰になるかと思ってひやひやしたものだ。今見ても忌々しい。一人ではこんなにも軽いくせに、と今さらながら理不尽な怒りがこみ上げて来て俺は段ボールのあのぴらぴらしてる部分を足で蹴った。ぱこっ、と軽快に音が鳴り上下に板が揺れる。追撃するようにもう一打。再びぱこん、と音が鳴りまた上下に揺れる。……これ、微妙に楽しい。
 思わぬ暇つぶしを見つけた俺は身体を反転させて段ボールに向き合った。未だ少しだけ上下に揺れているあの部分を今度は手で軽く叩いてみる。叩き心地が良い。すこんって感じがなんか爽快。やばい、真面目に結構楽しい。何回も繰り返すとどんどん癖になっていく。音がまた良い。ぱこん、ぱこんと鳴る音の軽快さったら堪らない。いつの間にか、俺は段ボールを叩くのに夢中になっていた。
 暫く同じ行動を続けていると、ふと視線に気が付く。顔を上げるとそこには妙にニヤニヤしているイヴェールの顔があった。

「……なんだよ。」
「別に?」
「じゃあこっち見んな。ニヤニヤしてて気持ち悪ィ。」
「気持ち悪いとは心外だな。」

 仕方ないだろ、本当に気持ち悪いんだ。美麗な外見とは反し意外に他人に関心を持たないイヴェールがこういった笑みを浮かべることは少ない。何か考え事をしているときは真顔だし、笑顔も浮かべるが大抵は作り笑いだ。こんな風に嫌な笑みでも本当の笑みを浮かべることはあまりない。それがどうだ、今は笑顔の安売りとでも言いたげに怪しい笑みを振りまいている。これを気持ち悪いと言わずなんと形容すればよいのか。ああ、気味が悪い、か。

「だって、ローランサンが面白くて。」
「こうでもしてないと暇なんだよ。」
「へぇ?……っふふ、なんか猫みたいだな。」
「誰が猫だ、誰が。」
「今の状況でローランサン以外いないだろ?」

 そう言うイヴェールの顔は未だ笑っていて、やっぱり気持ち悪い。普通の笑顔ならまだいいのだ。見れたらなんかラッキーな気がするし、何よりイヴェールの笑顔は綺麗だ。綺麗なものを愛でるのは人間の本能ということで俺はそれを見るのが好きだし。でも、今の笑顔は何かが違う。にこにこ、というよりは、本当にニヤニヤという笑みなのだ。俺が嫌だと思うのもわかって欲しい。

「……笑うな。」
「笑ってないよ。微笑んでいるだけ。」
「どっちでもいいから、とにかくその顔止めろ!」
「なんでだよ、別に俺がどんな顔をしようが俺の勝手だろ?」
「ああもう!!いい、勝手にしろ馬鹿イヴェール!」
「ありがたくそうさせてもらうよ。」

 口で俺がイヴェールに勝てるはずがない。言い合いは意外に体力を使うし、何よりここはイヴェールの家だ。早々に切り上げて俺は再び段ボールを叩いた。今度はイライラも込めて結構強めに。ばこんっ、という音が部屋によく響いてちょっと気分が晴れた。

「それ楽しいか?」
「結構。良い暇つぶしを見つけた気分だな。」
「へぇ。」

 イヴェールの視線が俺の手元に集中しているのがわかる。……そこまで見なくてもいいんじゃないか、と思うくらい。ひしひしと感じる視線がむず痒くて、俺は手の動きを止めた。

「だから、なんでこっち見るんだよ。」
「さっきも言っただろう?ローランサンが猫みたいで面白いからだよ。」
「俺は猫じゃねぇ!」
「みたい、って言っただろ。別に誰もローランサンが猫だとは言ってない。」

 こういうのを、ああ言えばこう言う、と言うのか。俺は今日初めてその意味を体感した。イヴェールはあの嫌な微笑みを浮かべて俺を見る。気持ち悪い、むず痒い。遂に耐えきれなくなった俺はイヴェールの目を両の手で塞いだ。

「なんだよローランサン。」
「イヴェールがずっとこっち見るからだろ。気持ち悪いんだ。」
「ひどいな。」
「それはイヴェールが悪い。」

 くつくつと笑うイヴェール。なんだかそれが悔しくて、今度は後ろ髪を引っ張った。ぐいっと勢いよく引っ張るとイヴェールは短く声を上げて後ろにのけぞる。これはなかなかのダメージだったらしい、手を離すとイヴェールは後頭部を抑えながら痛みに悶えていた。

「……ローランサン。」
「痛いか?」
「痛いに決まってるだろ。馬鹿サン。」
「ジゴージトクだ。」

 本気で痛がってるらしいイヴェールを見て、若干気分が良くなった。ふふん、と鼻で笑うとイヴェールの目つきが変わった。あ、これはヤバいかも。

「……ローランサン。」
「んだよ。」
「此処は僕の家だってこと、忘れてないよな?」

 ふわり。そう形容するに相応しい美麗な笑みなのに後ろに携える雰囲気はどす黒かった。笑顔がこんなにも怖いものだなんて、俺初めて知ったよ。

「ノエル!今日遅くなりそうだから、ローランサンが泊まっていくことになった。」
「えっ!!?」
「まぁ、そうなんですの?何もない家ですが、ゆっくりしていって下さいね?」

 にっこりと笑うイヴェールの妹、ノエルちゃん。すっかり俺を泊める気で、明日の朝ごはんのメニューを考え始めたノエルちゃんに今さら泊まらないとは言えず。しまった、と気づいて後ろを振り返るとそこにはさわやかな笑顔を浮かべたイヴェールがいた。

「長い夜になりそうだな、ローランサン?」

 嗚呼、誰か俺を助けてくれ!!
 そんな祈りが誰かに届くことは無かったそうだ。







自業自得
その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。


100411

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やっぱり学パロは楽しいです。ところで段ボールのあのぴらぴらの部分ってなんて言うんですか…?



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