揺れる光。地平に沈む夕日。 幻想的な眺望は必然的に見る者の心を奪う。東雲色に染まりゆく風景をローランサンは見つめていた。特に何をするわけでも、何かを考えているでもなく、ただそこにいるだけ。自然の恩恵ともとれるその色を、藍の瞳に映すだけ。 風は優しく頬を撫でて彼の脇を通り抜けてゆく。銀の髪は優しく揺れる。夕日は誰を待つわけでもなくゆっくりと、だが確実に姿を消していく。 ローランサンはふと表情を変えた。形容しがたいその顔は何の感情を表したものなのか。藍の瞳は一体何を見ていたのか。誰にもわからないし、わかるはずもない。人の心の中を覗くことなど所詮人には不可能なのだ。 イヴェールはそんなローランサンを遠くから眺めていた。彼との距離はわずか約十メートル。気配に聡い彼ならばもうイヴェールの存在に気付いているはずだ。それでも話しかけないということは、恐らくまだ此処にいたいということ。ふぅと息を吐きイヴェールは隣にあった木に凭れかかった。 図上では木の葉がさやさやと独特のメロディーを奏でる。その音のせいなのか、この空間だけ時の流れが異常に遅くなったように感じられた。目を閉じるとより鮮明に音が聞こえる。自然の恩恵を授かったのはイヴェールも例外ではなく、それは彼の心をひどく落ち着かせた。
「おい。」
イヴェールが振り向くとそこには先程までずっと風景を眺めていたローランサンがいた。丁度目の前にいるため、ローランサンの髪は夕陽を背に東雲に染まっており奇妙な感覚を覚えた。
「もういいのか?」 「ああ。悪い、待たせた。」 「別にいいさ。偶には悪くない。」
よいしょ、と声を上げてイヴェールは木から離れる。木の葉のメロディーを聴けなくなるのは残念だったが、それはまた今度聴きに来ればいい。 ローランサンは相変わらずの無表情で立っている。腕を組み隙のないその姿は盗賊そもものだ。しかしイヴェールを見る視線は穏やかなもので、それだけが唯一彼を盗賊というものから引き離していた。 二人はそのまま今晩泊まる宿へと向かった。既に夕日は沈みかけ、反対側の空は濃紺へとその姿を変えている。紺から朱へと色のグラデーションを作り出す空はとても美しい。賊さえ出なければずっと夜までここで過ごしても良いと思えるほど居心地のいい場所だった。 町の郊外へ出ていた二人は野原の中にある道を歩く。このままずっと歩いていけば町に入りすぐに宿に着く。入口近くの少し入り組んだ場所に位置する今回の宿はいざという時に便利だ。入口近くなので警備が厳しくなる前に町を出ることができるし、逃げ場にも困らない。入り組んだ場所は目立たないため人目を避けることもで きた。 イヴェールも今回の宿は珍しく気に入っていた。料金が低い割には部屋も清潔で、シーツも真新しい。綺麗好きのイヴェールにとって清潔であることは本人いわく死活問題なんだそうだ。ローランサンはそのあたりに拘っていないのであまり理解できなかったようだ。 暫く歩いているうちに町に着き。真っ直ぐ宿へと向かおうとしたローランサンをイヴェールが呼びとめた。
「ローランサン。」 「なんだ。」 「公園に行きたい。」 「はぁ?」
呆れた視線で振り返るローランサン。一方イヴェールは至って真剣な顔でもう一度問いかけた。
「いいじゃないか。俺はローランサンの我が儘に付き合ってあげたのに。」 「別に頼んでねぇっつの。」 「全く恩知らずな奴だな。」 「だから、頼んでねぇっつの。」
人の話を一向に聞かないイヴェールに溜め息をつく。辻褄が合うようで全く合っていない会話はイヴェールの特技のようなものだ。あたかも彼の論理が合っているかのように相手に思わせるその会話テクニックはある意味尊敬に値する。ローランサンはどこかおかしいとわかりつつも、溜め息一つの後公園の方へ歩き始めた。
「ありがとう。」 「別にいい。さっさと行くぞ。」
暗くなりつつある道を歩く。公園は町の中央辺りに位置しており大通りに沿って歩いて行くと着く。人気のなくなった町は嘘のように静まり返っており妙な感覚だった。薄暗い町の中を男二人が歩く様は傍から見れば実に奇妙な光景であろう。 イヴェールはその美しい銀髪を左右に揺らし歩く。誰がどう見ても整っているその容姿は然ることながら、彼の纏う雰囲気も高貴である。盗賊よりも貴族と言ったほうが様になるその後姿を見ながら、ローランサンはイヴェールについて行った。 公園に着くとイヴェールは早々にベンチに座った。どうやらこれが目的だったらしい。呆れ半分でローランサンは溜め息をついた。
「それが目的か?」 「ああ。帰る気分にはなれなくて。そうそう、知ってるかローランサン。溜め息をつくたびに幸せが一つ逃げていくらしいぞ。」 「興味ねぇし、そもそもそんなの迷信だろ。つーか俺の溜め息の原因を知っててそれを言うか?」 「逆にどうして言わないのかを俺は問いたいね。」
ああ言えばこう言う。ローランサンは出てきかけた溜め息を押し殺し、代わりに頭を掻いた。そんなローランサンを見ながらイヴェールは更に続ける。
「ローランサンだって、あのまま帰る気分にはならなかっただろ?こういう機会を作ってあげた俺にむしろ感謝して欲しいよ。」 「っは、よく言うな。」
ローランサンはイヴェールの隣に腰を下ろし脚を組んだ。空を見上げるともうすっかり暗くなっており、濃紺の中に輝く星が散りばめられていた。真っ暗と形容してもいいほど暗い公園の中、でも確かに帰りたくないという自分が存在していて。心の中まで見透かされているような感覚に悪態をついた。
「お前は魔法使いかなんかかよ。」 「そんなはずないだろ。魔法なんて使えたらこんな仕事していないさ。」 「じゃあ超能力者だな。」 「急にどうした、ローランサン。なんだか気色悪いぞ。」 「悪かったな、気色悪くて。」 「悪いとは言っていない。」
言い合いの応酬を終わらせたのはローランサンの深い溜め息だった。その後ベンチの背に頭を預け、空を仰ぎ見る。藍の瞳が、また何かを映した。 それをどこか寂しい気持ちで見ていたイヴェール。ぽつりと、口を開いた。
「だって俺は、今ローランサンが何を見ているのかさえわからない。」
イヴェールも空を見る。今、空というキャンパスは星屑に彩られていた。目を細めそれを見つめていると、隣から感じた視線。そちらへ顔を向けるとローランサンがじっとこちらを見つめていた。
「何だよ。」 「いいや、何も。」 「何もないのに見つめるのか、ローランサンは相変わらず変わってるな。」 「お前にだけは言われたくねーよ。」
頭を軽く殴られて反射的に「痛っ」と声が出た。ローランサンはベンチを立って軽く伸びをした。
「帰るぞ。盗賊が賊に襲われるなんて馬鹿みてぇだからな。」
そう言ってさっさと歩き始めてしまった。聞く耳を持たぬ様子のローランサンに今度はイヴェールが溜め息をついた。しぶしぶ立ち上がり、服に着いた汚れを払う。 そんなイヴェールを見ながらローランサンは小さく呟いた。
「俺は、お前のほうがわからないけどな。」
小さい呟きだったため、イヴェールに内容までは聞こえなかったらしい。ローランサンに追いつくとすぐに問いつめた。
「今なんか言ったか?」 「言ってない。」 「へぇ。ということは、ローランサンは無意識に色々話してしまってるらしい。精々口をすべらさないよう気をつけろよな。」 「余計なお世話だ。」
他愛もない会話を交わしながら宿へ戻る。 結局なんの意味があったのか本人たちですらわからない。 それでも、二人の顔はどこか満足気だった。
散歩 ローランサン。 なんだよ。 ありがとう。 ……どういたしまして。
100402
…………………… 初盗賊s。 なんか当初の予定と全然違った。
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