※注意:サンにょイヴェです!




 妖しげな雰囲気の中、誰もが素顔や素性を隠して踊り狂う。気取られた燕尾服や華美なドレスが気持ち悪いほど目の前を行き来するのを、まるで傍観者のように見つめていた。音楽に合わせてくるくる回る様は、僕から言わせてもらえば滑稽であるとしか言いようがない。伯爵の息子を見つけ次第自分もこの中に混ざらないといけないのだと思うと若干遣る瀬無い気持ちになる。それでも養父たっての頼みとあれば、断れるはずないんだけど。
 ふう、と人に気づかれない様に溜め息をつく。露出を少なめに、色を控え目にしてもらったドレスは他に比べれば全然地味で、少しだけ安心した。あまりこういった場で目立つような真似をしたくないし、元々こういった雰囲気が好きじゃない。こんな時ばかりは仮面がありがたくて仕方がないものだ。ああ、早く挨拶だけ済ませて帰りたい。伯爵の馬鹿息子――しまった、本音が漏れた――さえ来てくれればいいのに。
 考え事をしていたその時、ふっと現れた影に気付く。顔を上げるとそこにはそこそこ大柄な男がいた。顔は仮面の下だが、恐らくこちらとは疎遠な子爵だろう。愛想笑いを浮かべてさっさと会話を終わらせようとした。

「Bon soir.ご機嫌いかがかな、マドモアゼル?」
「Bon soir.楽しませて頂いております。」
「ははは、今回はなかなか大きなものだからね。緊張してるのかい?」
「ええ、少し。」

 品定めするように体を滑る視線が鬱陶しい。いやに会話を長引かせてくる男の目的が分からないほど馬鹿ではないが、立場上無下に扱うこともできない。それをわかってての態度なのだろうが、妙に癇に障る。もちろんそんなことはおくびにも出さずに、当たり障りのない返事を続ける。

「そう、君はあまりこういう場に来ないんだね。ダンスのエスコートは必要かい?」
「いいえ、ご迷惑ですし。」
「僕がしたいだけさ、少しだけ…どうかな?」

 腰に男の手が回る。ああ気持ち悪い、お願いだから触れないでほしい。少し身体を捩ってみるが効果はなし。まずい、これは非常に困る。このままでは馬鹿息子どころではない。早くどうにかしなければ、どうにか、

「Bon soir.マドモアゼル。一曲お願い出来ますか?」

 突然差し出された手。そちらを見ると白髪の男がいた。年は同じくらいだろうか、声の印象だけで言うなら随分と若かった。しかし変だ、今日知らされた出席予定者の中に自分と同じ年くらいの参加者はいただろうか?それも、男性で。出席予定の人物には必ず招待状が送られていて、それが此処に入るためのチケットにもなる。そして、僕はそれを全員覚えているはずで。
 さあ、ここで少しの葛藤。この怪しい男と踊るか?それともこのセクハラ子爵といるか?葛藤は一瞬で決着を着けた。

「ええ、よろこんで。」

 手を取って、人ごみに一瞬で紛れる。やけに慣れた手付きの青年は口元に薄く笑みを張り付けて僕をリードする。顔の上半分は仮面で覆われてしまっているが、それでも整っているとわかる顔。シャンデリアの光に反射して光る白髪はやっぱり記憶に無くて。招待客ではない不審者であるにも関わらず、彼にひどく興味を持ってしまった。いけない、とはわかりつつ口を開く。

「お前、招待客じゃないな?一般人?」
「ご明答。なんだ、やっぱり猫かぶってたんだ?」
「一応腐っても子爵だし。それより、なんで一般人がこんなところに?」

 変なことしたら大声出すぞ。そういう意味を込めて下から睨むと青年は肩を竦めて軽く笑う。

「俺はあそこのマダムが持つマドモアゼルを迎えに来たんだ。」

 青年が首をやった方を見ると、そこには恰幅の良い女性。高そうなアクセサリーを見せびらかすように着けまくっている様はこちらとしては些か理解しがたい。……そうじゃない、なんだ、つまりこいつは。

「盗賊、か?」
「そ。だから静かに踊ってくれないか、冬のお嬢さん?」

 なるほど、こちらの身分もリサーチ済みということか。はああ、と大げさに溜め息をつけば青年はくつくつと肩を揺らす。と、突然腰に回る手を引き寄せられ、身体を後ろに倒された。

「つまらないマスクには、少し刺激足りないだろ?」

 そう言って笑った青年の瞳が仮面の奥で青く鋭く光っていて。背筋にぞくりと何かが這い上がった。ぐいっと引き寄せられ元の姿勢に戻った時、例の馬鹿息子が声をかけてきた。

「お嬢さん、私とも踊って頂けないか?」

 そうだ、そう言えばこれが目的だった。よかった、あちらから話しかけてくれるなんて好都合じゃないか。
 そう自分に言い聞かせる。確かに、確かにそうだったけれど。少しだけ、青年と手を離すのを躊躇ってしまった。そんな自分に嫌悪を覚えたのは言うまでもない。

「それじゃあ。」

 そう言って青年は先程の女性の方へと歩いていく。ぼうっとそれを見つめていたが、馬鹿息子に手を取られてはっと意識を元に戻した。いけない、そうだ、早く馬鹿息子に挨拶して家に帰るんだ。
 しかし一体どうしたのか、僕は馬鹿息子に適当な挨拶と世辞の言葉を並べながら、視線はずっとあの青年を追っていた。当たり障りなく、適当に今後のことを頼んで、はい仕事終了。
 もう帰って良いのだ。良いのに、なのになんで、なんでだろうか。盗賊みたいな得体のしれない職の彼が気になって。
 ふと、彼がこっちを見たときに視線がぶつかって。うっ、とつまると、彼は照れたように、困ったように微笑んで。

(あ、どうしよう、やばい。)

 その顔に胸がきゅうとなって、顔が熱くなる。彼は口元に人差し指を当ててジェスチャーを示す。不思議に思って見ていると、彼は女性の鞄の中に手を入れて大きなペンダントを取り出していた。なんて大胆な。しかし周りはおしゃべりに夢中らしく、誰一人気付いていない。その様子がそれはそれは滑稽で、少しざまあみろと思ったり。彼は流れるような動作でそれを胸ポケットに入れて、そっと離れていく。テラスの方へ行くのが見えて、こっそりと後をつけて行った。




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