多分学パロです。


 人間は突然の事態に対応することは出来ない。反射的に対応できることはあってもそれは訓練の賜物なのであって、一介の学生である俺にはとてもじゃないが出来ない事なのである。
 何が言いたいのかというとつまり、俺は今の状況が全く理解できないということだ。
 端的に説明しよう。俺はローランサンの家に来ていつも通りリビングに入ったが、そのリビングがいつも通りではなかった。普段は決して無いものが部屋の中心に鎮座していた。何が、かというと、所謂『たらい』なるものが。

「……たらい?」
「は?………あぁ、それか。」

 俺が入った後、鍵を閉めて新聞を取っていたらしいローランサンが後ろからうんざりしたような声を上げた。鞄などの荷物諸々を机に置いて、ローランサンはたらいの方へと歩いていく。ローランサンについて行きたらいの中を覗き込むと、そこには黒くて長細い――鰻が、いた。

「鰻……あぁ、土用丑の日か。」
「うしのひ……?なにそれ?」
「詳しくは面倒だから省くけど、要は暑くてしんどい地獄のようなこの時期を乗り切るために栄養のあるものを食べる日なんだよ。鰻とか、な。」
「ああ、なるほど。それでこれかー。」

 ローランサンは鰻をつんつんと指で突いて納得したように頷く。突かれる側とすればたまったものじゃないと思う。思うだけでどうこうしようとは思わないが。
 ローランサンによると、どうやらこのたらい、もとい鰻は陛下から頂いたものらしい。急に来てこれを渡して去って行ったとか。相変わらずだ。
 ところで、ローランサンはこの鰻を一体どうするつもりだろうか。鰻を触りはするものの、捌いて食べようとかそんな感じは全くしない。鷲掴んでこちらに近付いてくるだけだ。
 ……いや待て、なんでこっちに近付いて来るんだ。

「ちょっと待てローランサン、何するつもりだ。」
「イヴェールも触らねえ?こいつヌルヌルしてて気持ち悪い!」
「知ってるから遠慮するよ。だからたらいに戻して来い。」

 えー、と文句を言いかけたのを目力で黙らせた。どうして気持ち悪いとわかってるものを好んで触りに行くだろうか。もちろん反語的な意味で。
 ところがタイミング悪く、鰻はたらいを嫌がるように暴れはじめた。もちろんヌルヌルした体表は非常に掴みにくい状態なのであって。

「うわっ、ちょ、暴れんなって……あ。」

 べちん、と何とも不格好な効果音を立てて鰻が落下。ローランサンがもう一度掴もうとするが、彼の手はすでに鰻のヌルヌルだらけでとても掴めない。何度もつるつる手から滑らせ、鰻はたらいに戻りそうにない。
 その様子を見ているのも疲れてきて、たまたま足元まで滑ってきた鰻を引っつかんでたらいに戻した。掴んだ両手がヌルヌルして非常に気持ち悪い。

「ヌルヌルして気持ち悪い……。」
「イヴェールにヌルヌルって言葉全然似合わないな。」

 顔が半笑いのローランサンにイラッとする。誰のせいだと思ってんだこの馬鹿。腹が立ったので苛立ちをそのままにローランサンの頬を手で撫でた。もちろん、ヌルヌルのまま。

「うわっ!何すんだよイヴェール!!」
「腹いせだ。」
「止めろって、生臭い…!」

 嫌がるローランサンを無視してそのまま手を首に這わせる。筋に沿って指を滑らせるとローランサンは小さく跳ねて首を振る。抵抗が少ないのはローランサンの手に着いているヌルヌルのせいだろう。一応僕の服に気を使っているらしい。

「イヴェール、気持ち悪いから止めろよ。」
「嫌だね。……ところで、あの鰻どうするんだ?捌いて食べるのか?」
「んっ……いや、食べないで陛下に返そうかと……。」

 へぇ、と呟いて耳の裏まで指を滑らせるとローランサンは体をよじって刺激から逃げようとする。耳たぶを唇で挟むとぎゅっと目をつぶるのがいじらしい。

「イヴェール止めろって。」
「いいだろ、鰻の恨みだ。」

 それに、ローランサンもこのままは嫌だろう?
 そう囁けば切なげに睫毛を震わせた後大人しくなった。
 頬を持って口づける。咥内に舌を入れて唾液を絡ませると、くちゅ、といやらしい音が鳴って。鰻のヌルヌルよりもこっちの方が断然好きだなぁと頭の隅で考えた。




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