森が姿を変え、夜の生き物が蠢きだす時間帯。食事も風呂も終えてベッドに座り、本を読んでいた。ゆったり過ぎ行く時間の感覚が心地好い。幼い頃から何度も読んだ本は紙質が良くなかったせいもあって端が黄ばみ、しかし捨てる気はさらさら起きなかった。

「……それ、面白いか?」

 時間潰しに読んでいたのだが、懐かしさについ夢中になっていたらしい。隣から出てきた顔にひどく驚いた。いつの間に後ろにいたんだ。
 風呂を上がったばかりらしいローランサンは、まだ雫が落ちるほど濡れている髪にタオルを被せている。しっかり拭いて来い、と何度も言っているのにこの馬鹿。

「それより、髪をちゃんと拭け。何回も言ってるだろ。」
「だって面倒臭いじゃん。」
「床が濡れるだろ。後で拭く方が面倒なんだ。」
「わかったよ、次はちゃんと拭く。」
「次忘れたら俺が拭くからな。」
「げ、絶対嫌だ。」
「なら精々しっかり拭いてから来ることだな。」

 渋々頷くローランサンは、非常に不満そうだ。しかし雇い主である俺に逆らえるはずもない。つまらない優越感を味わってから、俺は改めてローランサンに向き合った。

「さて、ローランサンも夕飯をとらないとな。」

 ラフなシャツの首元を引っ張る。首筋を露出させると、ローランサンが息をのんだのがわかった。まだこの食事に抵抗があるとわかって、それでも物欲しげに見つめる目を見ると、やはり食欲には勝てないのだろうなと俺は微笑んだ。

「どうぞ?」

 一瞬躊躇った後、ローランサンは戸惑いながらも近づいてきた。顔が首に近づき、生暖かい空気を感じた後、少しの痛みを感じた。つぷ、と肌に刺さった牙は直ぐに抜かれ、代わって赤い血液が流れはじめた。その間にも、ローランサンの髪からぽたぽたと落ちる水が冷たくて煩わしい。だから拭いて来いと言ったのに。
 ローランサンはスープを啜るように血を飲み、時折舌が傷口の上を這い残りを嘗め取る。人間が美味しい食べ物を夢中になって食べるのと同じように、ローランサンは恍惚たる表情で血を啜る。虚ろな視線は妙な色気を孕んでいて、貧血からではなく頭がくらくらした。
 しばらくすると満足したらしいローランサンが傷口にガーゼを当てて身体を後ろに退いた。それを合図にシャツを元に戻して、再び向き合った。

「……ご馳走様。」
「お粗末様でした。」

 バツが悪そうなローランサンが可笑しくて吹き出すと、恥ずかしくなったらしく足早に部屋へ戻ろうとする。それでも「お休み。」と言えば小さい声で「お休み。」と返してくれて、また小さく笑った。









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