「死なせてほしい」


真っ白な部屋の中で僕はただそれだけを繰り返していた。









「死なせてほしい」


いつからか彼はそれだけを繰り返すようになっていた。


真っ白な部屋で入ってくるのは太陽の光と月の光、月の光は太陽の光と一緒だったっけ...?まぁそんな事何も重要ではない、取りあえずこの部屋に人工的な光は入らない。

彼の着る服も、この部屋の中の家具も、彼が手にする物全てが真っ白だ、白は圧迫感を与える色で私はこの部屋の異様な白さを気に入っていた。


「ダメだよ、ダメ。絶対にダメ」


この部屋に来るのは私以外居ない。

私の格好はこの部屋の白さとは正反対で、カラフルだ。

それが妙に汚く思い、ヒールの高い靴を脱ぎ捨てて大量の紙袋をサイドテーブルに置いた、持っている袋はやっぱり白。


「じゃあ外に出して」
「それもダメ。」
「どうして?」
「外は汚いから」


彼に、ダイゴに汚い物なんて似合わない。

彼が大好きだという石も、土も、ポケモンバトルも、彼のポケモンも、人間だって汚い者ばかりだ。

汚い物ばかりに触れれば折角綺麗な彼が汚れてしまう、そんなの耐えられない、彼は綺麗なままじゃないといけない。


「外は汚いの、ダイゴ。自然も人間もポケモンも、皆皆皆。私は貴方が汚れて欲しくないの」


聞こえてくるのは海の音。

この間買ってきたオルゴールは世界で最も美しいと呼ばれているミロカロスが歌うように波の音を奏でている。


「ダイゴは綺麗なままでいて」


懇願するようにそう言えば、ダイゴは笑った。

困ったように、泣きそうな笑い方で、私はその笑い方が大嫌いだ。


「名前は世界が嫌いなんだね」


ダイゴは笑って、その日は何も喋ってくれなかった。









「ダイゴ」


彼女は優しい人だった。


小さな頃から周りのプレッシャーに落ち潰されそうな僕を彼女とミクリだけが助けてくれた。

それがとても嬉しくて、僕は彼女、名前とミクリが大好きだった。


「外はとっても汚いの、汚れてて醜くて穢れてて、ダイゴには全ッ然似合わないの」


彼女は警察官になった。

正義感の強い彼女には似合っていると、僕は彼女の夢が叶ったことを誰よりも喜んだ。


僕がチャンピオンになって暫くしてから伝説の古代ポケモンを悪用する連中が現れて、それを10歳の男の子が止めた。

彼はもしかしたら僕を倒してチャンピオンになるかもしれない、そんな事すらも考えていたそんなある日だ。


「ダイゴ、私ね、世界ってもっと綺麗なものだと思ってたけど、違ったんだね」


僕に抱きついて泣きながらそう言う名前に表情なんてものはなくて、僕は見てられずに彼女の話を聞くことしか出来なかった。


「ダイゴは綺麗だね、あんな奴らとは全然違う、いつまでも綺麗なまんまだね」
「そうかな」
「だから、ダイゴは綺麗なままで居てね」


その日から僕は彼女が用意した部屋の中に閉じ込められた。

彼女の、名前の言う綺麗な世界。

僕はその世界の住人になった。



「ダイゴ、泣かないで」



彼女は以前と一緒で優しいままだった。









「分かってるの、こんな事してもダイゴが綺麗なままでいるわけないんだって」


アールグレイを飲みながら、名前はそんな事を口にした。


「けど私はダイゴがあいつらみたいに汚くなってほしくないの」
「君の持論で行けばまるで私も汚いといっているようだ」


彼女はよく笑う人だった。

土に塗れて遊ぶあいつ、水に濡れて喜ぶ私、彼女はそう言ったことが嫌いだったがそれでもそんな私たちを見てよく笑ってくれる人だった。


「ミクリも充分汚れたよ」
「言ってくれるね」


汚職事件があったらしい。

汚職事件なんて、許して良いはずがないがそれでもよくある話なのだ。

彼女の大人でそんな事分かっている、そんな汚い奴らを捕まえる為に警察官になったのだと話してくれた。


「君も汚れたかい?」


汚職事件は警察内部で起こって、あろうことかそれは市民の命を踏み台にするように行われていた大犯罪だったらしい。

彼女はそれを突き止めた、本来ならば警察はこれを公にして、そして裁かれなければならない。

だがしかしこの事件が公になることはなかった。


「汚れちゃった」


警察は体面を恐れてそれを公表せず、名前に口止めをしたらしい。

口止め料として一生遊んで暮らせる額の金額を提示し、昇格もさせようとした。


「ふざけるなよね、その金は市民から巻き上げた金のくせに」
「おいおい、巻き上げたなんて言い方は止めておけ」
「事実じゃん」
「確かにそこは否定しないね」


彼女はそれを拒否した。

けれどそれは叶わず、金額も昇格も彼女の知らないところで進められて、名前は強制的に"共犯者"になった。



「ダイゴには汚れて欲しくないの」


でも、そろそろ限界かな。


それだけ言って彼女は綺麗な世界とやらに帰って行った。









「......」


動かない彼の体を見ても涙は出なかった。


「......」


口から血を流して、胸から血を流して、真っ白な服の一部が真っ赤に染まってて、とても汚いのに彼の顔だけはとても綺麗だった。

折角買ってきたシュークリームが無駄になった、サイドーテーブルにそれを置こうとした時に一枚の紙があった。

綺麗な文字で、ただ一言書いていた。


「......いつ起きるわけ?」


『おやすみ』


彼は眠っていた。

息はしていない、口や胸から血を流して、今にも起きそうな穏やかな顔で、彼は眠っていた。


「...ダイゴが起きるまでテレビでも見ようかなー」









『次のニュースです。ムロ島から凡そ6kmほど離れた最後の楽園とも呼び高いツーラン島にある一戸建てから若い男女の二人組みが遺体で発見されました。男女共に身元はまだ明らかになっておらず、男性の方は白骨化しており、身元が分かるまで時間が掛かるそうです。部屋は白い家具で統一され、二人は恋人関係にあったように思われます。警察の調べによりますと事件から1年程前から見知らぬ若い女性が度々ツーラン島を訪れていたそうで、心中の可能性があるとして警察は事件性も含め捜査しています。』


「痛ましい事件ですね」
「実はですね、この事件男性の方は女性に監禁され、それから逃げる為に自殺をしたんではないかというのが警察の見解なんですよ」
「というと?」
「実はあの部屋は一般人が見ても異常だったんですよ。部屋が真っ白とありますが、普通の人が白が好きだから、というそんなものじゃなくて、明らかに異常な程の白さだったんです」
「異常、ですか」
「家具は勿論、壁も天井も、その部屋にある物全てが真っ白でね、その部屋に入った瞬間から異常を感じ取れる程でした」
「成る程、しかしそれだけでは男性が監禁の状態にあったかどうかは...」
「男性はベッドに横になった状態だったんです、ですが検察が調べたところ男性の足は成人男性のそれ以上にやせ細っていて、とても一人で歩けるような状態ではなかったんです」
「それは、怖いですね」
「それにサイドテーブルには男性が書いたと思われる遺書も見つかっておりましてね、きっと女性の方は男性が死んでも尚離したくないという思いで彼の傍に居たのでしょう」
「愛も行き過ぎてしまえば怖いものですね、では次のニュースです.........」




遺書「おやすみ」