ゆびきりげんまん
   うそつきには
      はりせんぼん

もし、この小指を食いちぎったらなら、あの時の約束は無かった事になるのだろうか。
なんて、交わしたことすら忘れているだろう約束に縛られている自分に嫌気がさしてくる。
「シンオウに行くの」
と、指切りをした僕の友人は言った。
家具も食器も全て捨ててしまうらしい。向こうで全部買うからと、名前はトランクに服を詰めていった。
「テレビも冷蔵庫もくたびれてきたからね」
一人暮らしの小さな部屋は僕が手伝う事もなく、あっという間に殺風景なものになっていく、ついさっきまで彼女が生活をしていたのに。
「出発は明日だろう? 今日はどこで寝るんだ?」
この部屋にはもうベッドも布団もない。全て業者が持って行ってしまった。
「鍵このまま返しちゃうからホテルに泊まるつもり。最後ぐらい高い旅館に泊まろうと思ったけど、予約が取れなくて」
「そう……」
それならば僕の家に泊めようかと考えたが言い出せなかった。

『ずっと友達』
ゆびきりげんまん
   うそついたら
      はりせんぼん

なんて下らない呪縛だろう。
きっと名前は覚えていない。僕だけにかかった、僕だけにかけた約束の呪縛。
破ったところで針を飲まされる訳じゃない。誰に罰せられる訳じゃない。
「ねえ、マツバ」
彼女が僕を見る。何か言いたそうな顔をしていた。
「ごめん、やっぱり何でもない」
「そう……」
「向こうついたら手紙書くから」
「うん、待ってる」
「すぐには無理だけど、時間出来たら帰ってくるし、別にこれで最後って訳じゃ……」
最後の服がトランクに詰め終わった。
ひどく小さくまとまっていると思う。引っ越しなんて経験したことが無かったが、それでも少ないと思った。
僕はここで待ってなくてはいけないから。
「終わっちゃった」
パチンと音がしてトランクの蓋が閉じられる。
「ホテルまで持っていくよ」
僕は先に部屋を出る。
カーテンもない部屋は、長い間ここに通っていたというのに別の部屋のように感じた。
最後に名前が確認をして、鍵をかける。ガチャリ、金属の重い音が響く。
これで、彼女がここにいたという証拠は無くなってしまった。しばらくすれば別の人間が入ることだろう。


今日最後に交わした言葉は「また明日」
まだ一日ある。
もう一日しかない。
全てが遅すぎた。
今からだって間に合う。

僕は暗闇の部屋で、約束を交わした小指を口に含み、歯を立てた。
口の中から頭の中へゴリゴリと骨のこすれる音がする。力を込めても、痛みがそれ以上行くなと邪魔をする。
不毛な拷問から抜け出した小指は、唾液がわずかな光を反射して、てらてらと光る。
歯を立てた場所にあったのは、血でも抉れた肉でも骨でもない、ただ少し皮がめくれていただけだった。
『ずっと友達』
なんて約束を僕はいいわけにしているだけだ。


最後の朝。
「行ってきます」
トランクを引きながら小さくなる名前の後ろ姿を僕はただ見ていた。
最後に一瞬だけ振り返ったその顔は、昨日と同じ何かを言おうとしている顔。かすかに唇が動いている。
「名前……僕は……」
追いかければよかった。
君が言おうとしている事に気付いたのだから、まだ間に合う内に走ればよかった。
君の背中が見えなくなって、僕はひどく後悔した。
「好きだよ名前」
どうしてその一言が言えなかったのだろう。

ゆびきりげんまん
   うそついたら
      はりせんぼんのます

結局僕は、針を飲むことも、指を食いちぎることも出来なかった。