知人に呼ばれて訪ねたナギサシティ。待ち合い場所は、空色のソーラーパネルが敷き詰められた橋の上でした。足元からうっすら透けて見える海に、すこし身震い。ここから落ちたら、などというあり得ないifに心臓が高鳴るのです。わたしカナヅチだし。それからわたしは目をこらしてでしか見えないポケモンリーグをもっとよく見ようと、手すりからほんの少しだけ身を乗り出しました。そのときでした。

「ひ、ッ…!」

にぶい衝撃。ゆらぐ視界。ふわりと浮かぶ、わたしの身体。つまりわたしは何者かに背後から押されたのです。ひきつった悲鳴をあげて、わたしは橋から転げ落ちました。はい、今ここ。

「く……っあれ?」
「よ。久しぶりだな」

落ちる、と目をつむったわたしの手首をとったのは、わたしをこの町に呼んだ張本人でありナギサジムのジムリーダー、デンジさん。いつものように涼しい顔でわたしを見ています。しかし、ああ、しかりと掴まれた大きな手の、なんと頼もしいこと。さすがデンジさん腐ってもジムリーダー!この前ニートって呼んでごめんなさい。

「ああっありがとうご」
「分かってると思うが、押したの俺だからな?」
「、」
「礼なんて言うなよ」

デンジさんは綺麗な笑顔でわたしを見ています。ええ、とっても綺麗な笑顔で。そのお顔から発せられた言葉に、わたしは喉を詰まらせました。

デンジさーん。ねえデーンジさーん。もう一度言ってくださいよー。わたし最近耳が遠くってー。

「俺が、お前を、押した」
「ちっくしょう聞き間違いだと思ったのに!」
「お前…状況考えれば分かるだろ…」
「どうしてこんなことするんですか!」

わたしが泳げないこと知ってるくせに、嫌いなら口で言ってください!あまりの理不尽さに半泣きで怒鳴ると、デンジさんは「別にお前が嫌いなわけじゃないから」と頬を染めました。おい。おかしいだろその顔。人を突き落としておいてする顔じゃないだろ。

「じゃあ何でですか!10文字以内で!」
「お前が好きなんだよ」
「…わーい10文字ぴったり」

そういう問題ではないです。

確かに好きと言われるのは嬉しいですけど、アプローチの仕方まちがってますよね!好きな人を命の危機にさらしちゃ駄目でしょう。それ以前に人を突き落としちゃ駄目でしょう。

「好き…うーん。ちょっと違うな。俺はお前に、助けてって言ってほしい」
「……はあ?」
「頼ってほしい」
「は、わけがわか」
「だってお前、全然俺を頼らないもんな。オーバとか、いつも他のやつばっかり頼ってさ。そのたびに悔しくて切なくてムカついて。だから、」

こうすればお前は俺だけを頼ってくれるだろ、とデンジさんは言います。そりゃもう満面の笑みで言います。駄目だ…この人もう駄目だ…ああしかし、わたしは何と言えばいい。何を言えば正解になる。でもでもデンジさんこれだけは知っててください。わたしはあなたが思うより、意地っぱりなんですよねえ。

「なあ、今なら言ってくれるだろ」
「…………」
「言えよ。助けてって」
「…………」
「言えったら」
「…………」
「言え!」

ちらり。足元に直に広がる海を見ました。おお高い。そして青い。この手を離されたら、わたしはナギサの海に飲まれもがきながら死んでいくのでしょう。なんたって泳げないからな!ゆるゆると視線を戻すと、デンジさんはなぜか泣きそうな顔をしていました。

まったく、まったくおかしな人です。そんな顔するくらいなら、わたしを想っているなら、こんなことしなければいいのに。仮にわたしが「助けて」と言って、仮にわたしを手に入れたって。嬉しくもなんともないでしょうに。そんな脅迫まがいの関係、どうみたって歪です。わたしだって嫌です。

「あなたに助けられるくらいなら、死んだほうがましですよ」

だとしたらこれがきっと、わたしにとっての最良の答え。あとはわたしの手を掴む主にすべてが委ねられました。デンジさんはわたしの手を離すでしょうか。離すでしょうね。意地っぱりなやつだと憤慨するんでしょうね。残念、これは性格ですので!


まあどちらにしろ、わたしは彼を恨みません。例えどんな形であれ、あれは、彼なりの、




あれが愛と云うんだって、



(あ、)
(泳ぐ練習しとけばよかった)