「…って言われたんだけど。ちょっとみんな、私に告白してみない?」
「神田が珍しく馬鹿なこと言ってる」
「新学期で頭おかしくなった?」
「切実な話なんですけど…」

 お弁当の独特な香りが漂う部室には、黒尾、海、夜久という、おなじみの面子が揃っていた。そこで数時間前に新しいクラスで行われた会話を説明すると、夜久は呆れたように笑い、黒尾はデザートであるプリンを一口食べながら冷ややかな目をこちらに向けてきた。なんで私が痛い奴みたいになってるんだ。

「あのときの神田、面倒くさそうな顔してたもんなぁ」
「えっ、海見てたの…」
「目に入ったからね」

 同じクラスとなった、音駒バレーボール部副主将である海の、水筒の蓋を開けつつの一言に驚愕する。いつの間に。見ていたなら助け舟を出してくれても良かったのに。いや、それよりも、面倒くさそうな顔してたのか、私。そういうのは顔に出ないタイプなんだけれど。いや、もしかして、海だから気付いたってやつ?そうなると、三年の付き合いというものが恐ろしく感じてくる。もうこの3人に隠し事は出来ないな。あっという間にバレそうだ。

「勘違いされる身にもなってよ…」
「まーまー、俺と噂になるなんてイイコトじゃん。喜べ喜べ」
「………。」
「真顔ヤメテ、傷つく」
「本当に傷ついてるひとは自己申告しないよ。あと私の卵焼き勝手に食べないで」
「うめー」

 私のお弁当の彩りを担当していた卵焼きは、とっくにプリンを食べ終えて暇を持て余していた黒尾の口へと吸い込まれていった。これは私が卵焼きをそんなに好きではないことを知っていての行為(よくあること)で、食べてくれるのはありがたいけれど、普通何かひとこと言ってからいただくものだろう。変なところで常識がなってない、我らが主将。

「つーか、明日の新歓どうすんだ?なんかやる?」

 そんなことを考えている間に私の新学期恒例の愚痴は夜久によって見事に流され、話題は新入生歓迎会へと移る。新入生歓迎会とは、その名の通り、今年度から華の高校生となる新入生達を全校生徒で歓迎するという会だ。そして、その会には部活紹介というものが存在する。体育会系から文化系まで、全ての部活が体育館のステージに登壇し、部活の紹介をするのだ。

「やっくん踊る?去年の学祭でやったやつ」
「アホか!あれを一人でやって何が楽しいんだよ」
「黒尾と俺が挨拶して、あとは後ろで部員がレシーブトスやってればいいんじゃないか?去年とまるっきり一緒だけど」
「それでいいんじゃない?シンプルイズベスト」
「神田は去年出なかったから、今年は出るか?3年だし」
「え、」

 変に趣向を凝らして新入生達に引かれたら本末転倒なので、海の提案に賛成する。しかし続いた夜久による提案に、ピシリと体が固まった。
 確かに夜久が言ったことは最もだ。私は去年の部活紹介には、マネージャーかつ2年生だからという理由で出なかった。その裏には、人前に出るのがあまり好きではないという本当の理由があったのだけれど。しかし今年は3年生。部活動に於いて一番年上に位置する。となると、やはり責任というものもあるので、一度顔を出しておいたほうが良いのかもしれない。全校生徒の前に出るという現実を想像しただけで口から心臓が出そうになる。
 そこへやってきたのは、意外な助け舟。

「でも、あきらはああいうの苦手だろ。無理して出る必要もねえけど、どうする?」

 黒尾の問いかけに、ハッと顔が上がる。やはり主将と言うべきか、それとも中学からの付き合いだからか。飄々としているくせに、人の心を読むのが上手い。少し怖い気もするけれど、今回ばかりは助かった。

「…うん。得意じゃないから、出なくてもいいなら、出ない」
「おー、わかった。じゃああきらは出ないってことで、海が言ったかんじでとりあえずやるか」
「了解」
「黒尾、妙なこと言うんじゃねえぞ」
「なに言ってんのよ、やっくん。やるときはやる男、それが俺です」
「自分で言ってたら世話ねえな」

 ヘラヘラして、相手の言うことは右から左へ受け流してそうなくせして、実は相手の意思を尊重する。長い付き合いのなかで私が知っている黒尾の良いところだ。悔しいけれど、黒尾はとても良い奴、なのだ。非常に悔しいけれど。

「あきら?着替えっけど」
「あ、ごめん…」

 ぼうっとしていたのか、黒尾がカーディガンを脱ぎ捨ててシャツのボタンに手を掛けていたのすら気付かなかった。部員の裸体などもはや見慣れたものだが、さすがにその場に居続けるほどの精神力は持ち合わせていないので、慌てて弁当を片付けて部室を出る。そのまま渡り廊下を歩き、女子更衣室へと向かう途中で、ド派手な頭を持ち合わせた後輩達を見つけた。

「山本、研磨くん、福永、お疲れ様」
「神田さん!お疲れ様です!」

 金髪モヒカンが嫌でも目を引く山本がビシリと背筋を伸ばして挨拶をする。そして金髪という点が同じではあるものの、他は似ても似つかない常時猫背である研磨と、短めの前髪と大きな目が特徴的な福永がペコリと頭を下げた。彼らは音駒バレー部の次世代を担う愛すべき後輩達だ。

「黒尾達もう部室にいるよ」
「なっ!?早いですね!」
「お昼部室で食べたからね。じゃあまた後で」
「は、はいっ!」

 渡り廊下を過ぎたところで時計を見ると、練習開始時間が20分後に迫っていた。なんということだ、急いで着替えなければ。彼らが万全の状態で練習に臨めるよう、誰よりも先に体育館に入って完璧な準備をする。それがマネージャーである私の仕事。
 貸切状態の女子更衣室で独り言を交えながら制服を脱ぎ捨てる。さあ、しんどいけれど少しだけ楽しい午後練の始まりだ。



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