恋情増幅 | ナノ
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



口に飛び込んできたのは強烈な塩の味だ

胸に抱えていたローをぶつけないようにと冷静に働いた頭を後で褒めたい。背中にも傷を負っていたが胸程ではなかった。あのまま胸部を海面に力強く打ち付けていたら、打ちつけた瞬間に死んでいたと思う。海中に身を躍らせる前に何とか息を止められたが、傷がジクジクと痛み水に自分の血が混ざって行くのが見えた。血を流しすぎている



「(ロー……!)」



腕に抱いていたローは海に入った瞬間に大きく咳き込んだせいで息を確保出来ていない。それに麻酔の影響を除いても、身体中が弛緩し切り、トリトに掴まれてさえいない。落ちる前にローが手にしていた刀もどこかに行ってしまった


能力者は海に嫌われる。19年前にローが言ったことはこれかと今さらに実感する。だがトリト自身も決して泳ぎが得意ではない。ライフセーバーであればローを抱えたまま海面を目指したいのだが、生憎もう腕も足も、動かせる気がしない。海中は静かで音は届かないが、何度か水が振動している。上ではまだ交戦が続いているのかもしれない
残り少なくなっていく酸素に耐えていると、ローがゴボッと大きく酸素を吐き出した。ローのその目は、空ろにトリトを見つめている。が、生気が感じられない。不味い、ローが、死んでしまう

そうトリトが悟ってからは早かった。トリトは自分の口をローの薄く開いたままの口に押し付けた



「…っ!?」



空ろだったローの目は、一気に驚愕に見開かれる。今自分の身に何が起きているのかを理解していないのか、それとも理解したから驚いているのか、どちらにせよ今までにないぐらい至近距離にあるトリトの顔に、ローは状況を忘れ赤面する。そんなローの様子をトリトは知らない。自分の中にあった酸素を送れるだけ送った。中学の頃に防災訓練で習った人工呼吸の授業をまさか実践する時が来ようとはな、と考え、いやあれは溺れていた奴を地上に引き上げた時にするものだったか。違うな、と心の内で考えてトリトは意識が薄れていくのを何となく感じ取った


トリトから酸素を受けたローは慌てて口元を何とか押さえる。色惚けしている場合じゃない。トリトも自分も、もう限界だ。ローが海面を見上げる。交戦しているであろうクルーの誰かが、助けに来ないかと。しかし目に飛び込んできた姿はクルーではない。あの時、トリトと共に捕らえられていた海賊だった



「(大丈夫かー!)」
「(お前…!)」
「(掴まれ!引き上げるから!)」



自分を指差し、次に海面を指差した男はそのまま近付き、トリトの身体に腕を回して手繰り寄せた。
トリト自身とトリトにしがみついているローの重さを持って上に向いて泳ぐなど出来るのか、と心配すれば男は難なく水を掻いて進んでいる。しかも男の腰紐には、ローが取り落とした長刀が下がっているではないか。2人の許に来るまでに見つけたのだろうか。ともかく男は思わぬ力を持ってグイグイと2人を海面へと連れ出した




「プハッ!!」
「ゲホ、ゲホッ!ゴホッ!」
「ウエエエ死ぬかと思ったぜえええ」
「はぁ、はあ、お前……」


思いっきり息を吸い込んで酸素を取り込む。
麻酔の効力も低くなってきた腕で力なく項垂れたままのトリトの頭を持ち上げ、気道確保すれば、大きく咳き込んで水を吐き出しながらもトリトは酸素を吸った。
その隣では、男も大きく息を吸っている


「お前さんトコの奴らは全員海軍と交戦してたからよぉ、それに、アンタに借りもあったしな。これでチャラだぜ?あ、それとアンタの刀だ」
「……ああ、分かった。すまねぇ」



男から刀を受け取れば、頭上で大きく爆発音が響いた。ハートの海賊団側が放った大砲が海軍基地の壁に風穴をこじ開けたところだ。上がってきたローとトリトに気付いたベポが「キャプテンーーー!!!トリトさああああああん!!!」と大手を振っている。それに手を振りかえし、男の手も借りてトリトを支えたまま上げられる碇に足をかけた



「お前ら!!砲撃止め!全速力でここから脱出するぞ!」

「アイアイ!」
「キャプテンー!!!良かったああああ!」
「ベポ!早く動け!喜びは後だ!」
「うん、分かったああああ!」



船は勢いよく方向転換し、海軍基地の開けた門から海に出る
追撃を危惧していたが、見れば海軍が保有していた船達は見事に沈没している。クルー達の思わぬ仕事ぶりにローはニヤリと笑った。しかし直ぐに顔を引き締め、トリトの意識の失った身体をクルーと支えながら医務室に運んだ。血がもう止まっているのが救いだ。よもや流し切ったわけじゃあないだろう






そう言えば、あの男がいない。さっきまではこの船の甲板に連れていたのに。一応恩人だ、キョロと顔を動かして探していると、いつの間にそんな所に居たのか、門の陰に止められていた移動用の小船に乗り込んでいて此方に手を振っている姿が小窓から見えた。こちらも手を振り返せば、間もなく男の姿は見えなくなった。命令通り全速力で海軍基地を後にする船は、その後幾時か経ち完全に海軍基地を後にしたのが分かった
医務室でトリトをベッドに横たえながらローは医療班の面々と共に息を吐いた
甲板でも他のクルー達がワアッ!と勝ち鬨を上げているのが聞こえる



「………ロー……」
「! トリト!」
「………逃げ…れたか?」
「ああ、ちゃんと船にアンタを連れ帰って来れたんだぜ」
「…そうか……良かった……」



それだけ言って微笑んだトリトは、また意識を手放したらしい。慌てて駆け寄って鼓動を確認したが、直に規則正しく上下運動を始めた胸を見て安心する。寝ているんだ。大怪我負って血を大量に流したくせに。トリトはローが思っていたよりも頑丈なのかもしれないな。ローはトリトの治療の準備をしながら、初めて心の底から安堵した








prev next