▼12 ※2014/06/13 加筆修正版 ある麗らかな午後の夕暮れ時。 暇だからまた本でも読もうかとしていたローに向けて、ずっと部屋で課題をしていたトリトが出て来て「買い物に行かねぇ?」と声をかけてきた。その顔は何やら楽しげである。 その手にあるのは財布と、スーパーのチラシ。 ローはそれだけでトリトがしようと思っていることを悟って胡乱な目つきを寄越す。 「…"特売日"ってやつか」 「そうだ、よく分かったなロー!漢字も読めるようになったか!」 「偉いぞ〜」 褒めるトリトは それはそれとしてさぁ行こう!と床に座ったままのローの腕を引いて立ち上がらせる。半ば浮かび上がるようにして床から離されたローはぶすくれだった表情を隠しもせず、「めんどくさい」と不満を漏らした。 本当は少し不貞腐れているだけなのだ。 ずっと、朝から構ってもらえずにいたことに対して、トリトに。 だがそれすらもトリトは笑い飛ばしてしまう。 「俺との"お出かけ"だぞ? 嫌なのか、ローは」 …ズルイぞとローは頬を赤く染めた。 トリトにそんな言い方なんかされたら、ホイホイ付いて行ってしまうに決まってるのに。 すでにローが行くつもりであることを分かっているトリトは、外出用の上着をさっさとローの袖に嵌めているところだ。素直に腕を通すのも癪だったが意地を張って"トリトとの"お出かけを無碍にすることは出来ない。 「…なにを買うつもりなんだ?」 「とりあえずは今日の夜食分の食材だな。今冷蔵庫ん中なんも無いから、買わないと晩飯がカップラーメンになる」 「ふせっせい」 「だろ?だから買いに行くんだよ。ローも欲しいもんがあるなら300円まで許してやるぞ」 「じゃあ新しい大学ノート3冊」 「……いや、もっとこう、お菓子とかさ…」 ・ ・ トリト宅から最寄スーパーまでの道は夕暮れ時と言ってもそう閑散とはしていない。 井戸端会議をしている近所の奥様方や、ペットの散歩に出ている老人、黄色い帽子を被った小学生が班を作って集団下校していたり、ビジネス鞄を抱えたサラリーマンがスマートホンを耳にあてて忙しなく通り過ぎて行ったり、幼稚園バスが狭い道で園児を乗り降りさせていたりと人足は多かった。 「今日はなにたべるんだ?」「んーお好み焼きとかいいよな」 トリトと他愛ない会話をしながらそんな通りを歩くことを ローはそれほど嫌っていない。トリトの隣にいて手を繋ぎ会話を交わしていると、自分もこのトリトのいる世界の人間になれているような感覚がするのだ。 そんなローの思考を遮ったのは大勢の声によるものだった。 「米!米料理がたべたい!」 「それはローの好みの話じゃ…」 「――あれ? おいトリトじゃんか!」 「トリトくーん!」 「何してんのー?」 「おー、お前ら!」 「……だれ…?」 「大学のダチだ」 「…、……」 ローと繋がれていたトリトの手がすっと離れて、声のした方向へと駆けて行く。 複数名の男女からなるグループのうちの一人が親しげにトリトの肩に腕を回して「合コン誘ってたのに来ないで何やってんだよ!」と問い詰めていた。悪かったって、と答えるトリトに、女が「ねぇねぇ!あの子だれ?トリト君の子ども?」と問いかけた。好奇に満ちた目が爛々と輝いている。ローの苦手な目だ。思わず後ずさりしてしまう。 「えー…と、親戚、の子かな」 「かな、って何だそれ!」 「いや親戚の子だ、うん。暫くの間預かってんだよ」 「へー!可愛いー!」 「きみ何歳ー?」 「…ろ、ローがかわい、って…」 かしましくする女友達に目を丸くさせているトリトの方がローよりもうろたえていた。 ローは寄って来た女には目もくれず頑なに口を閉ざしたまま、じっとトリトの、肩を抱いている男のことを見ている。その子どもらしからぬ様子に周りにいた者達は「?」と首を傾げた。 「……」 「おいトリト 今度のカラオケには参加すんだろ?」 「え…無理だと思う。あの子がいるし、それに多分バイト入ってるしな…」 「クソ真面目なんだからよーお前は!」 「ってかそろそろ放せって、俺たちスーパーのセールに参加しなくちゃなんだよ」 「ギャハッ!なにウケっこと言ってんだって!」 「いやマジで…」 「トリト!!」 ――辺りが、一瞬にして静寂に包まれた。 およそ幼児が出したとは思えぬほどの声量に女も男も瞠目し、唯一トリトだけがそのおかしな様子に心配の声をかける。 「どうしたんだ、ロー」 様子を窺おうとしたトリトの手を掴んで、ローは一目散に来た道を走った。 「え!? お、おおいロー!?ちょ、」 小さな背中を追うように、慌しく走って行く友人の背中を呆然と見送っていた友人たちの声も聞こえない。 「な、トリト!?」 「ど、どしたのあの子…」 「分かんない…変な子だったね」 「トリトの奴、なんだってあんなガキなんかと一緒に…」 ローの頭の中には色々な考えが過っては消え、過っては消え あぁスーパーとは真逆の方向へ来てしまっているな、と言うのはかろうじてローが心配できたことだった。 ローはどうしてもあの場にいたくなかった。それだけであった。 |