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▼ そして角砂糖をみっつ

ビスタは紅茶の乗ったトレイを両手でしっかり握ったまま、ドアの前で途方に暮れていた。ナマエを抑えておくから!と頼もしく力を貸してくれたサッチやジョズ達には申し訳ないが、これ以上ビスタは何をどうすれば良いのかが分からない。淹れたてを持ってきた筈なのに、トレイの上の紅茶はどんどん冷め行く一方だ。擦れ違うナースの諸君等からは「あら」と言うような生優しい目で見られ「がんばって!」とこっそり応援され去って行かれる。ドアの向こうの存在に気取られぬように小声で与えられる声援。それさえもビスタの羞恥を煽る一方だ。噴出してくる汗は、どう拭えばいい。両手は塞がっている。



「――ビスタっ お前まだドアの前でチンタラしてんのかよい」
「あぁマルコ…!おれはもうどうすれば、」
「ドアをノックして『入るぞナマエ』って言えば仕舞いだよい!」



そう。ビスタが何十分も立ち竦んでいるこのドアの向こうには、ナマエがいる。
消灯時間が過ぎても、自腹で購入したランプの火を頼りに机に向かい、日夜ナースの勉強に勤しんでいる彼女の為にビスタが紅茶を差し入れしてやりたいと申し出たのだ。それなのに、40過ぎの大の男がこの始末。何をモジモジしてるんだ!とマルコは眉間に青筋を立てた。



「早く部屋に入れよい!ナマエが見つけにくるぞ」
「わ、分かってるんだが、どうにも…!」



「ビスター!すまーん!」



「ほらサッチの降参の声だ! ――行け!」
「うおぉっ!?」




トントントンと手早く船室のドアをノックしたマルコは、中からの返事も待たずにドアを開け放しその中にビスタを押し込んだ。後ろで「ナマエはおれに任せとけよい!」と言う欲望駄々漏れの声が聞こえた。
どうにか紅茶をまかすことはなく安堵したビスタに、「…ビ、ビスタさん?」と彼からすれば花のような、鈴のような声がかけられる




「ナマエ、ちゃん!」
「どうされたんですか?すごく外が賑やかでしたけど…」
「い、いや、何でもないんだ!」
「?そうですか?」



ああ可愛らしい!小首を傾げると言う行動がここまで可愛く映ってしまうのは全海を探してみてもナマエぐらいなんではないだろうか。ビスタは眩暈がした。恋人になると、少女に見えていた彼女はこうも愛らしく映ってしまうとは。
色ボケを始めていたビスタの手に持たれていたトレイをナマエに指摘されるまでそれは続いた



「…?紅茶ですか?いい匂いですね!」
「あぁ、そうだ い、いつも遅くまで勉強お疲れ様。おれから差し入れだ」
「わっ本当ですか!」



ふわりと包み込むように紅茶の入ったカップを手にしたナマエ。火傷しないように、ビスタがウダウダしていた間に冷えたのはいい塩梅だったようだ。匂いを嗅いで笑顔を惜しげなく見せるナマエにビスタはやはり動悸が止まらない



「ありがとうございます…こんなことされたの初めてで、嬉しいです!」
「それは、良かった」
「もう夜も遅いのに…」
「いや、それは君もだ。あまり夜更かしばかりしないように」
「はい!」
「あ、ああ…!で、ではなナマエちゃん」
「ビスタさん、おやすみなさい」



ビスタ隊長おやすみなさーい ナマエと同室のナース達からもおやすみの声が掛かりビスタはそうだった!と気が付いた。何も、ナマエの部屋は個人のものじゃなかったのだ。し、失礼した!と女人だらけのその空間から慌てて立ち去った。


まだフワフワとした気分のビスタが甲板を歩いていると、目の前に積み重なっている人の山に気が付く。頂点で寝そべっていたのはボロボロのサッチだ



「……何を遊んでいる?」
「おまえ……今まで兄の方を塞き止めてたおれにかける言葉がそれか…」
「ああ…その件はありがとう」
「かるい……」



で、そのナマエは?と問えば、サッチは黙って手を上げマルコの船室の方を指差した。

ああ、なるほど





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