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▼ 後ろの正面わたしです




『女』と言う生き物は『男』にとって災いしかもたらさない存在だとベポは固く教えられてきていた。
だがそれは『人間の女』だけに限った話で、ベポは人間の女に興味はないがメス熊は大好きだった。
長い船上生活を始めてからあいにく見る機会は少なくなったものの、もし今この時に好みのメス熊を見つければ即座に交尾を申し込むぐらいには、ベポも『雄』なのだ。


だからベポは、ナマエの想いに応えるつもりは微塵もないわけで、仲間たちから"可愛い"と称されているナマエの見た目にもピンと来ないわけで、増してやナマエの『声』にもベポ自身は何の感化もされず、むしろナマエから好意を寄せられていることによって仲間のみんなから恨めしそうに見られることの方こそ耐えられないことであった。




「ね、ねぇっナマエ! もうおれの後ろについてくるのは、や、やめてよ!」


――言った! ついに言ったぞ!


ベポはただ元の日常に戻りたかった。
深く重い事情を持ってハートの海賊団に紛れ込んできたナマエを追い出す力もないし、する気もない。いたいのならここにいれば良いし、喋りたくないなら無理して口を開くこともしないでいい。

ただ、自分の後をついて回るのだけはやめてもらいたい。ずっと言えずにいたことをベポは今日、ようやく口にする事ができた。振り絞れた勇気が、使命は終えたとばかりにシュルシュルと萎んでいくのが分かる。
ナマエの顔は見れない。ベポはギュっと目を瞑ったまま、言葉ないナマエの反応を待つ。
小さく、「ベ、ベポ……」と周りにいた仲間たちの声が聞こえて来た。ハートの海賊船の廊下上で起きている騒ぎは殆どの仲間たちの眼に触れている。



「………」


震える拳を握り締めているベポの顔をじっと見上げていたナマエは、どうしよう、と困った。
ベポに迷惑がかかっているのだと分かってしまえば、自らの意思でベポの後をついて回ることは出来かねる。
ほぼ一目惚れに近い恋の落ち方をしたナマエにとって、ベポの嫌がることはしたくなかった。 ただ、それは自分の意識による問題であって、理性はそれに従うのを嫌がる。



「………ごめんなさい ベポ」

「ナマエ…っ」


周りにいたクルー達がバタバタと倒れて行くのも、ナマエにも、ベポにとっても、どうでもいいことである。
ベポはナマエが自分の言い分を聞いてくれた、と喜ぼうとしているし、
ナマエはベポに引き下がらない旨を伝えようと必死だったからだ。



『私のこと』

第一声以外はスケッチブックで会話をするらしい。いいよ、いいよ分かってくれるんなら何でもいいよ。ベポは晴れやかな顔でナマエが続きの文を書き終えるのを待った。

『メス熊だと思ってほしい』

「なんでさ!?」


思わず牙を立てて怒鳴ると、ナマエは次の言葉をサラサラと認める。


『ベポのこと 好きなの』

「え、えぇ…で、でもナマエは人間だし、メス熊にはとても…」

「ベポが私のことを"人間"だと思ってしまうのは先入観があるからよ」

「え!? と言うかナマエ今日はよく喋るね!?」

「私を"人間"として見てしまうと言う概念をベポには取り払ってほしい。ベポは普通のクマじゃないから出来ると私は思う。メス熊に見るのが難しいと言うのなら別の生き物でもいいから」


だから傍にいさせてほしい。そうナマエは、ベポに伝えていた。他の男たちの腰をくだきながら、彼女なりの熱烈な告白をしている。


『お願いします』

最後の言葉だけを口にはせず、紙面に留めたナマエの眼は真剣だった。


(人間の女って、ほんとに理解不能だぁ…!)


すでに己のキャパシティの限界を突破していたベポは、脳の処理が上手くつけられない。
たまらず、「キャ、キャプテーン!」と運よく手近なところにあった船長室の中へ駆け込んだ。「喧しいぞベポ」キャプテンからのお叱りの言葉も今は無視して、ナマエという人間の女が本当に手強い存在であることを涙ながらに訴えた。

それに対してローが、ベポと、戸口に立ってこっそりと中の二人の様子を窺っているナマエに伝えたのは、船長の立場からの叱責ではなかった。



「ナマエ ベポを追いかけるのはテメェの好きにしろ。 だがな、無闇に声を出して他の連中を再起不能にさせるな。お陰で船が膠着状態になってるだろうが」

「!」

「すぐに見張り番と操舵士を起こしに行け!」

『了解』

「ベポ!お前もだ航海士!!泣き言より針路を提出しに来ねぇか!」

「は、はいぃぃ!」



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