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▼ きたないくらいがちょうどいい

「お前の庭が好きじゃ。見とると落ち着く」と言われた時から、我が家の庭園に以前よりもっと愛情を注いで手入れするのを心がけた。いつも多忙な彼が、少しでも癒されるのなら御安いものだ。何か手助けは出来ないだろうかと考えていた矢先。海軍で拳を揮っている彼を見守るしか出来なかった自宅の庭先にて



ぼんやりと日がな一日、自慢の庭園を眺められる自室で座椅子に腰掛けて読書をする。50を越えた頃から足腰が弱くなったナマエの、一日の過ごし方だ。何て平和。何て穏やか。何て自堕落。60にして余生の過ごし方をコレとしても良いのだろうか…。50を過ぎてもまだ海を駆け回る彼には申し訳なさ過ぎる程の生活ぶりだ。そう考えていると噂が影を差したのか、挨拶もなく無遠慮に玄関の扉が横に開かれる音がした。
聞こえて来た声はいつも通りに愛想のない低い声




「…………ナマエ、おるか」


「  おやおやサカズキさん、いらっしゃい。どうぞどうぞ」
「…何じゃ、えらあ腑抜けた顔しちょるの」
「いえ丁度あなたの事を考えていたものでしたから」
「…良からんことか」
「まさか」



心外だと驚いて見せれば、分かっちょる。上がるぞ。と返してき、勝手知ったる我が家のようにズカズカと音を立てながらナマエの座っている部屋に歩いてくる。そんなサカズキの様子を腑抜けてると言われようと尚、ニコニコと満面の笑顔でナマエは迎えた。読んでいた本を閉じて脇に置く。ふぅー…と重い息を吐きながら目の前で胡坐を掻いたサカズキに、お茶は要るかと訊ねる。要らんと返ってくることは重々承知しているが、一応のマナーだ



「今日はどうしたんですか?」
「本部にいにしなに寄っただけじゃ。すっと戻らにゃいけん」
「そうですか。ご苦労さまです」
「フン」



一度鼻を鳴らしたサカズキの顔は、激務に追われているせいでなのかそれとも別の心配事が何かあるのかは分からないが、いつにも増して厳しい。眉間の皺の深さが通常の1.2倍はあった。それを見たナマエは、口に手を添えて小さく笑った。サカズキの怪訝そうな目が見つめ返す。



「はは、サカズキさんてば、とても怖い顔をしていますよ。そんな顔で任務に行けば、部下の人たちはサカズキさんの方を恐れてしまいます」
「……こん顔は生まれつきじゃけ」
「いえいえ、普段よりもっと厳しいです。それでは眉間の皺が取れなくなりますよ。私が僭越ながら揉んであげますから、此方へいらしてください」
「………む」



サカズキはそのまま畳の上を数歩膝で歩き、座椅子に凭れ掛かっていたナマエの膝に頭を乗せる。迷いのないサカズキのその行動に、ナマエはニコニコと笑って見下ろした
ナマエの節くれだった細い手が、サカズキの眉間の皺を揉み込むように優しく撫でるのを サカズキは目を瞑ってされるがままだ。心なしかその顔は、先ほどよりも幾分穏やかになっている。気持ちがいいのかもしれない




「そう言えば、町の者から聞きましたよサカズキさん」
「なん?」
「海軍の元帥様になったようですね。すごいじゃないですか、凄いすごい」
「…何言いよん何ちゃあ凄かないけん。儂は儂のやりたい事しよるだけじゃわ」
「そう言うところがサカズキさんの素晴らしいとこです。知ってましたか?」
「…知らん」
「そうですよね」



知ってますよ、と笑うナマエの手は淀みなく優しくサカズキの顔を撫でている。玄関に立っていた時のサカズキの怒り肩は、もう収まっている。閉じられている瞼は開く気配もなく、幾分柔らかくなったかな、と眉間を撫でていた手を放そうとすれば、離れていこうとしていたナマエの手を目を閉じていたサカズキの手が迷いなく引き止める。言葉はないが、要するに「止めるな」と言うことだろう。分かったよ、と心の内で返事をし、また再開した。静かな空間だ、喧騒も騒音もない

サカズキの瞼が、薄っすらと開かれる。どうしたんだろう?と顔を覗き込めば、サカズキの頭はナマエの膝の上に乗せられたまま左を向いた。その視線の先にあるのは、ナマエの庭園だ。どの緑も美しく均等に切り分けられ、サカズキと共通の趣味である盆栽の作品も、そのどれもが目を見張る程の出来栄えであると自負している。サカズキがいつ見ても失望しないように、と。その為だけに、何と難解で単純な、ナマエのサカズキへの愛の為だけに美しく手入れされただけの庭園


しかし、そんな庭園を見るサカズキの目は穏やかだ。
久方ぶりにサカズキの口元が緩んでいるところを見た




「………いつ見ても、綺麗な庭じゃ。癒される」

「……そうですか」





嗚呼、その言葉だ

サカズキが目を細め笑う、その言葉だけを聞く為に



「…それなら、また来てくださいねサカズキさん」




自分よりも年下のこの可愛げも愛想も情もへったくれもない、ただ己の信じる『正義』のみを信じ掲げるこの男を己の下に引き止めておくだけの為に生きる、簡単な毎日






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