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▼ 私の一等星のあなた

クロコダイル君の顔色がおかしい。
嵐は去り、夜が明け、辺りに陽が差し込んで来たから隣の人の顔までよく見える。民家の軒先で雨宿りをしていた、三角座りでいた俺のびしょ濡れの服の裾を掴んでいたクロコダイル君の手が、小刻みに震えている。「ク、ロ…!?」驚いて声をかけようとした。「…、…ナマエ……なんか、あつ……」うわ言のように呟かれたクロコダイル君の声はとてもか細い。すぐ隣にいるのに聞き取りづらい程だ。 ぐらり 「!」 クロコダイル君が俺の胸の上に倒れこんで来る。隆起した身体の部分に当たらないように手を使い、なるだけ柔らかい力で抱きとめた。
俺の分厚い皮膚の上からでも分かる。とても熱い。雨でじっとりと濡れたクロコダイル君の髪をかき上げ、おでこに人差し指と中指の二本を当てる。 これは、


「か、風邪引いたのかな…!?」


頬が上気し、どろんと溶けたような目は焦点が合っていない。あちこち、ふらふらと視線を彷徨わせながら俺を探しているのか、「ナマエ…?どこだ…?」と繰り返し呟いている。しまった、やってしまった。やはり毛布を持ってから洞窟を脱出すべきだった。何故そこまで配慮が出来なかったんだろう。人間の子どもの身体の弱さを知らなかったから?そんな言い訳は出来ない。クロコダイル君は、俺にとってはただの人間の子どもじゃあないんだ。


「…ナマエ……」
「こ、ここにいる 俺はここにいるよ、クロコダイル君」
「………ぅ、ん」



こうしてはいられない。早くどこかで休ませないと、
クロコダイル君の小さな体を抱き上げて立ち上がる。そこではたと気が付いた



――何処へ、行けばいい



寧ろ今までが奇跡だった。人間の子どもには慣れない山暮らし洞窟生活で、クロコダイルが風邪を引かなかったことが。冷たい夜風に吹かれる日もあった。かんかん照りの続く猛暑の日も、満足な食糧を調達出来ずひもじい思いをした日だってあった。その日も、クロコダイルは元気にしていた。やっているように見えたのだ。だから、もしもなんてのを心配して懸念しなかった俺が悪い。どうすればいいんだ?俺は風邪を引いたことも熱を出したこともないから分からない。風邪にかかったら、まず何をすればいい? 薬? 医者? 栄養価の高い食事? どうする、どうする? どれも俺一人では用意出来ないものばかりだ。どうすれば、



「どうされたんですか?」


「……え?」


女が、声をかけてきた。栗色の髪を靡かせた年若い女だ。「…?」 見覚えが、ある。  ――ああそうだ、街に来た時、最初に俺を見て叫んだ人間 あの時は俺と目が合うより前に逃げ出していたっけ なのに、そんな女性が何故声をかけてくる?
警戒して胡乱な目で見ていた俺に あはは…と硬い笑顔を浮かべた女性は「いえ、どうして道の真ん中で、子どもを抱えたまま立ち竦んでるのかなぁって」その子、とクロコダイル君を指差した女性から隠すように抱きかかえ直す。なんとなく、だ。 それでも女性は話しかけて来る。一歩、恐る恐る歩み寄ってきた



「…熱でも出たんですか?」
「………」
「酷い嵐でしたもんね。まさか、夜通しずっと外に?」
「………」
「家には…帰らなかったんです? それとも、帰る家がないとか?」



何を考えているのか分からない。問いかけて来る言葉は優しさや善意を感じられるかも知れないが、目が、信用出来ない色をしている。俺はそんな人間の目をずっと見てきていたから分かる。この女性は、何かよからぬことを考えている、そう思う
一向に返事をしない俺に痺れを切らしたのか、女性は口調を改め、怒気を孕ませるように口を開いた


「その子どもは、貴方の身内ってんじゃないですよね?」
「…?」

「何処から、攫って来たんですか?」
「!!」


ザ、 女性の後ろから、町民たちが現れる。 20人ぐらい、だろうか 全員武器のようなものを構えていて、明らかな敵意を俺に向けてきた。 いつの間に、どうして
腕の中のクロコダイル君からの熱い吐息を感じた。苦しそうな呻きだ。はっとして腕の中を見下ろせば、全身を震わせている。大変だ、これ以上このままにしておいては、きっともっと苦しませてしまう。だが、俺にはどうしようも、



「子どもを連れ去って、人間屋に売りに行こうと考えたのか…。低脳そうな魚人が考えるようなことだ」夜にも会った男はそう言いながら、斧を構えて俺を睨みつける
「熱に魘されてるみたいよ。可哀想に。早くその子を解放しておやりなさい」女性が続く。 彼らは何か誤解をしている。俺は、誘拐犯じゃない。人間屋に売ろうとなんて考えてないし、この子を見捨ててやろうとなんて微塵も思っちゃいないんだ!だが人間たちに何を言っても無駄だと言うことは分かっていた。俺のこの姿の前で、どんな言葉も意味はない。外見と言うのはそれ以上に重大な要素なのだから


「その子どもを放さないつもりか…」
「いや、そもそも我々の言葉を理解出来ているのかも疑わしいぞ…」
「でもさっき子どもと会話をしているみたいだったからそれは……」
「とにかく子どもを……」



だがこれだけは言っておかなければならないだろう
俺が、鰐人間だから、クロコダイル君に薬も医者も食事も渡せれない、葛藤とか、苦悩とか、そんなことは脇に置いといても




「この子は渡さない」




"人間が嫌だ"と言って俺のところへ逃げてきたクロコダイル君を 彼らに渡すわけにはいかないんだ









咳が喉に詰まるような感覚がして、クロコダイルは意識を取り戻した。ぼうっと頭が呆けているのは熱に魘されているからだと、何となく判別がついたが、この身体全体にかかっている圧迫感の正体は? ぱちりと目を開く。淀んだ緑色の、ごつごつした皮膚が見えて(あ、ナマエ…)と気付くが、それにしては様子と体勢がおかしい。「……ナマエ?」ナマエは、クロコダイルを胸に抱きこんだまま、俯くようにして地面に蹲っていたのだ



「ナマエ? ナマエ、ゴホッ、ゲホゲホ、ッ、」

「……あぁ…… 起きたんだ、…クロコダイル君」

「? ――なっ、!? おい、どうしたんだよこれ!!」



あちこち傷だらけじゃねぇか! 緑色の鱗で覆われたナマエの身体の色を変色させるようにして赤い血が噴出している。
だくだくと流れる血はナマエの腕や足を伝って地面へと流れ込み、


「…?それに、ここは?街、じゃない?山の中?なにがあった?どうしてこんな、なぁおいナマエ?」


クロコダイル君に話すほどのことじゃない ナマエはハハと笑うだけで何も答えず、クロコダイルの身体を汚さないようにもう一度強い力で抱きしめた。

此処は元住んでいた洞窟の近くにある山中 クロコダイルは知らないが、今ナマエの体を濡らしているこの血は、殆どが返り血だ。武器を相手が持っていたなら、何をしたって正当防衛 たとえこっちが通常の人間よりも何倍もの力を持つ魚人だったとしても、クロコダイルを護る為に戦って、ほんの少しばかり心が傷ついただけ。 尻込みをしながら襲って来た人間は怖くもなんともなかった。叩き伏せて、鼻っ柱を折って、自分達を追いかけて来れないようにして、それだけ 状況は前と何にも変わってない。護ることと逃げることに必死で、街で薬を奪って来ることも出来なかった。ナマエは情けなくなって情けなくなって、どうにか暖めようと寒さに震えるクロコダイルの体を抱きしめておくことしか出来なくて、 だからそんな、クロコダイルが顔を歪めて心配されるようなことじゃないんだよ



「……やだ…」
「…? クロコダ…」

「いや、だからなナマエ…!おれを、置いて、死んだりなんかしてみろ……ぜったいに、絶対に許さねぇから…!」



――お願い、独りぼっちにしないで



俺の方こそ おねがいします  やっと出来た "繋がり" なんです  どうか僕の腕の中から逃げて行かないでください



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