KATANA×tkrb | ナノ
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▼ 見えない男子高校生主←へし切長谷部 2

「 よっ!成川! お邪魔しまーす!」

「いらっしゃい、名字君」

約束していた来訪時間から十五分ほど経って、顔を見せた名字君。かなりの時間、外にいたのか顔を赤く染めていて、マフラーをしていても首を竦めている。
室内に招き入れると、途中で擦れ違った母さんに礼儀正しく腰を折って挨拶をしていた。

「いやぁ結構道に迷ったわ! あ、これお願いする刀!とりあえず小学校の時に剣道クラブで使ってた竹刀入れに入れてきたから!」
「うん、じゃあ受け取らせてもら………」



『…………………』



「……、……」


名字君が袋から刀を取り出した途端、魂魄が姿を現した。
薄茶色の髪、藤色をした目、厳しそうに釣りあがった形のよい眉、引き締められている口、とても整った顔立ちをしているけれど、一番に目を惹いたのはその服装だ。まるで、外国映画に出てくる神父のような出たちである。

その魂魄は、僕と目が合ったことに大層驚いたようで、
『………お前には、俺の姿が見えて、いるのか』
愕然と呟く顔には、驚愕と、なぜかとても深い絶望の色が浮かんでいた。

 つい魂魄に目線を留めたせいで、名字君は不可解そうに「どこ見てんだ成川?」と問いかけてくる。
「あ、ごめんね、何でもないよ」
そう言って、ようやく現れた刀身に目をやると、今度こそは驚いて飛び上がってしまったんだ。



「へっ……!? へ、へし、へし切はせ…!?」
『待て貴様!!黙れ!!』
「もがっ!」

「……成川ー?」


僕の口を手で塞いできた刀の魂魄は、大慌てな様子で、チラチラと焦ったように名字君の顔を見ている。 いや、ちがう、そうじゃなくて、


えっ、ちょっと待って、名字君、これ "へし切長谷部"だよね?

どうして国宝である刀を 君が所持してるの?



※※※
- へし切長谷部と見えない主 -




「…………はぁ えっと、じゃあ、"君"は、この世界の"へし切長谷部"ではなくて、今から200年後の世界にいた"へし切長谷部"ってことで、今この世界にある"へし切長谷部"とは、同じだけど別の存在ってこと………」
『……簡潔に纏めるとそういうことになる』
「だからつまり、今この世界には二本のへし切長谷部があるってこと?……え、えええ…?」


意味はぜんぜん分からないけど、刀の魂魄と付き合っているとたまにこういう「不思議なこと」に見舞われて来ている身としては理解する余地はある。

 名字君には今、別室で母さんの作ったお菓子を食べて待ってもらっている。退出する際に怪訝な顔はされたものの、「その刀のことよろしくな」と言ってもらえたのがせめてもの救いかもしれない。
なので今この部屋には僕と、遠巻きに様子を見ている虎菊たちと、依然として憮然とした表情の"へし切長谷部"だけ。

とつとつと、彼は語ってくれる。

『別の世での生と役目を全うされた主の身がご転生成されると聞いて、……後を追って来た。…しかし今世の主の眼は、俺の姿をその目に映してくださらなかった。………何故、貴様なんだ。 どうして、貴様だけが、刀の姿を目にすることができる』

厳しい目で見られていた理由は、そういうことだったのか。

『どうして、どうして』とへし切長谷部は繰り返していたかと思うと、はたと我に返り『主がわざわざ足をお運びになられたのだ。用事があるのならば早急に済ませて貰おう』と言って組んでいた腕を解いて、自分の本体を僕に押し付けてきた。


『それで、主は何故俺をここに? 下げ渡されることはないだろうが』
「君の手入れをしてあげようと思ったらしいよ」
『…え』
「ずっと押入れに本体を仕舞いこまれてたんだって? それが気になったから、こうして僕のところに持って来てくれたんだよ名字君は」
『…………そう、か。…主が……、…』

あ。口元がムズムズ動いてる。笑いたいなら、遠慮しないで思い切り笑ってしまえばいいのに。

「でも手入れするって言っても、全然君の状態悪くないよ。一応国宝なのに、正直、どんな雑な扱いをされてきてたんだろうって心配にもなったけど…」
『! ……確かに俺も"へし切長谷部"だが、今現在 福岡市博物館で所蔵されているヤツがこの世界での主要なやつなんだ。俺は本来ならば存在しない存在。主にも、主のご家族にも、"俺"がどのような存在であるのかなど、理解してもらわないで構わない。ただの一介の、名も知られぬ刀のままで、俺は……』
「………」


…とても、"それでいい"なんて様子には見えないのだけれど。
不満である。そんな気持ちが、刀身を通してこちらにまで伝わってくる。
余程、「主」である名字君に執着心を抱いているのかもしれない。
刀とは一様に、"持ち主至上主義"といっても過言ではない。このへし切長谷部は、それがより顕著であるように見えた。


「…それにしても、君がなんていう刀かどうか調べもしないままずっと保管してきてたんだね、名字君の家は」
『………主のご家族は少してきと…、っではなく、大らかなのだ!ご両親は俺のことも「刀か。まああれば魔除け効果とかありそうだしね」と言って許容するし…!』
「ははは……でも確かに、君の格好は神父みたいだし、本当に魔除けになりそう。近づく魔をばっさばっさ祓ってくれそうな」
『当然だ!主に仇なす敵は何であろうと全て斬る!』


遠巻きに見ていた虎菊たちが、『わ、我らとてその程度!』と何故か対抗心を燃やし始めた。へし切長谷部の、「主思い」なところに感化されたのだろうか?

対抗を受けたへし切長谷部は虎菊たちの方を一瞥すると、すぐに口を歪め、鼻で嗤った。

『…フッ まあ主は違えど、主君を想う気持ちがあるのは結構じゃないか? そのまま励むといい』
『な、な、な、何ですかこの刀は坊ちゃん!!』
『国宝だと言ってお高く留まりすぎでおじゃる!』
『まあ、貴様らよりも俺の方が主のことを深く想っているがな』
『なんだとー!?』


……もしかして、意外と負けず嫌いなんだろうか、この刀。






それからも、
僕が本体の手入れを始めた間、へし切長谷部とうちの刀たちはずっと『俺の主のここが凄い』『わしらの坊ちゃんのここがいい』『俺の主のこんなところが素晴らしい』『わしらの坊ちゃんのこんなところがお可愛らしい』と言う論争を止めなかった。

こんなに名字君のことを恨んだのは後にも先にもこの時一回きりだ。

君もこの場にいて、この主人思いの刀たちの自慢話を一緒に聞いていてほしかった。僕一人だと、恥ずかしすぎてどうしようもならないのに!