▼ 見えない男子高校生主←へし切長谷部 1
「成川の家ってさぁ、刀鍛治やってるんだって?」
「え…そう、だけど」
名字名前君に声をかけられた。
同じクラスになってから殆ど話さないでいた彼が、どうしてうちの家のことを知っているのかなんて疑問はまあ浮かばないけど、その"家"のことをきっかけで話を振られるとは思わなくてつい身構えてしまう。
僕の肩が揺れたのを見逃さなかったのか、名字君は「そんな警戒しないでくれよ〜」と笑った。
「実はさー、うちの家にも刀があんだよ。一本だけだけど。あ、一口って言うんだっけか?」
「それで?」
「いつからうちにある刀なのかも知らないし、親も刀に興味なくていっつも押入れの中に仕舞ってあったんだけどさ。この間、成川の家が有名な刀鍛治だって聞いて、そう言えばずっと押入れの中に入れてあると刀身とか駄目になるのかなーとか思っちゃってよー」
「そうだね…保存状態にもよるけど、たまには手入れをしてやらないと…」
「だよな? 俺も刀とか詳しくないけどさ、うちにあるあの刀、昔からちょっと格好イイなって思ってたから、雑に仕舞っとくだけなのは何だか刀に申し訳なくってさ」
"刀に申し訳ない" そう名字君が考えていると知っただけで、彼を見る目が少し変わる。
どんな動機や形であれ、刀のことを省みてくれる人を見るのは、嬉しくなるものだ。
「つまり、うちに手入れをお願いしたいってことでいいのかな」
「そうそう。あー……高かったり、するか?親は出してくれそうもないから、自腹で出すつもりなんだけど」
「大丈夫。実際に刀の様子を見て判断するけど、一万円もかからないから」
「あ、マジかよかったー! じゃあさ、今度の土曜日とか持って行っても構わないか?」
「うん、いいよ。家の場所分かる?」
「分かんねぇ。教えてくれー、あ、あとメアド」
「う、うん」
そんなわけで、僕は名字君に、彼の刀の手入れをお願いされたわけだけど。
この時はまだ、「どんな刀なのかなー」「どんな状態でいるのかなー」という事しか頭になく、彼の刀に憑いているであろう刀の魂魄がどのような者なのか、なんて、考えもしていなかった。