KATANA×tkrb | ナノ
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▼ 見えない男子高校生主←三日月宗近

「――県から引越してきました。名字名前と言います。よろしくお願いします」


有栖君に続いてぼくらのクラスに転校してきた男の子は、柔和な笑みと落ち着いた声で一部の女子たちのハートを掴んで離さなかった。
他の男子もどんな奴なのかを探るように彼に目を向けているし、京崎も葉月も興味深そうに彼を品定めしている。


ぼくは、それよりも、
そんなことよりも、
名字名前と名乗ったその彼よりも、

その彼の隣に立つ、

濃紺の髪の下に浮かぶ柔らかな微笑、雅な平安衣装に身を包み、双眸に不思議な色を湛えた――あれは、三日月?――美丈夫から目が離せないでいた。

誰も気付いていない。みんな名字君にしか関心を寄せていない。
有栖君の隣の席に座るように指示をされ、「はい」と答えて歩いてくる名字君の後ろをついて来ているそのヒトは、驚愕の色を浮かべているであろうぼくに気がついたようで『おや』と口に手をやって笑った。

『ふむ。どうやらお主には俺の姿が見えているようだな?』

――刀の魂魄だ。名字君には、とんでもない刀の魂魄が憑いている。



※※※
- 1 -




「みっ、」


みみ、みみみみみみみか、みかづ、"三日月宗近"だってぇぇぇええええええ!?

 の、「み」の部分でどうにか口に手を押さえて絶叫を飲み込んだぼくをどうか褒めてほしい。だって今ここは学校。そのグラウンド。今は、体育の授業中。他の生徒たちはトラックを周回していて、ぼくは休憩中。名字君はただ今トラック5周目。 ぼくの隣には、『三日月宗近』


『うんうん。やはり研師であれば幼子であっても俺の名を知っているかぁ』
「し…知っているも、何も、みみみ三日月宗近って言うのは、刀剣に関わる者なら誰もが知ってるし、平安時代から現在まで現存している刀で、今は、"本来なら"、東京の国立博物館で所蔵されてある筈なのに、どうして名字君が…!?」

転校初日からトラック6周目はしんどいらしい。足を止めて、膝に手をついて息を整えている名字君を "三日月宗近"は、とても穏やかな眼差しで見つめている。もう、ぼくの方はチラリとも見てはいなかった。再び走り出した名字君に、『ははは、良いぞよいぞ、その調子だ主よ』と声援を飛ばしている。


「……主? 名字君は、貴方の今の所有者なのか?」
『ふむ。少し違うな。確かそう、なんと言ったか、"にゅあんす"が違うな』
「ニュアンス…?」
『お主は到底知り得ぬだろうが、俺と主は一度世界を救っている』


 そんな、マンガみたいな。
そういう表情をしてしまっていたんだろう、三日月宗近は大きく笑い飛ばした。
『信じられんだろうなぁ。まあそれが普通の反応と言うものだ。構わんさ、もう気にしないでくれ』
それだけ言うと、もう三日月宗近はそれ以上語ってくれなかった。冗談だとは思っていない、と伝えても、頷いて笑うだけで口を開かない。やっぱり名字君をじっと見つめている。


「……貴方は、今も東京の国立博物館で所蔵されているんですよね?」
『ああそうだな。先立っては二ヶ月ほど展示もされた。多くの人間が訪れていたようだなぁ』
"ようだ"? まるで他人事のような言葉に引っかかりを覚えながらも、訊かずにはいられなかったことを優先して口にする。
「ならどうして、今あなたは、ここにいるんでしょう」

『ここに主がいるから、だな』


「……こ、答えになってない……」
『ははは。そうだな、お主の言葉を使うなら、今の俺は"三日月宗近"の魂魄として博物館から身体を飛ばしているんだろう』
「えええ…!?」
『それを続けて、今年で十七年になるか』
「じゅ、十七年間もずっと魂魄を遠方から保持し続けてるのか!?」

刀である彼が保有している力が無尽蔵、と言っても過言ではない。普通、刀と魂魄はつかず離れずの距離でしか動くことができない。中には襲のような例外の刀もいるが、まさか三日月宗近もその例外なのか。

『前の世で、まあ主との間に色々とあってな。徳を積んだことで今世への転生を許可されたと聞いた故、姿を追って会いに来たんだ。魂魄を維持するのに最初は骨が折れるばかりだったが、いつからか苦にはならなくなった。はは、俺の神格が上がりでもしただろうか?』

聞き慣れない単語群を用いられて、驚けばいいのか、尊敬をすればいいのか、崇めなければならないのか。
よく分からない衝動に突き動かされそうになっているぼくを見て、

『やはり、ヒトとこうして言葉を交わせることは良いことだな。久しぶりだから楽しくなってしまう』

三日月を有する双眸をゆっくりと伏せて、寂しそうに名字君の方を見る。

そうだ。
とても短い時間だけど言葉を交わして、この刀が名字君のことをとても大事に想っていることは充分伝わって来ている。
けれど、名字君には、見えていないんだ。
こうして、ずっとずっと、彼から目を離さずにいる刀の姿を。

「………貴方は、……その…名字君のことを…」

続きの言葉は言えなかった。
トラック周回を終えた名字君が、休憩していたぼくの近くにまでタオルを持って歩いて来たから、三日月宗近の関心がぼくから彼にすっかり移ってしまったから。


『ご苦労だったなぁ、主。こちらへ来て休むといい』

招くように手を動かしている三日月宗近に気がつかない名字君はそのまま別の場所へ行こうとしたので、慌ててぼくが声をかけた。

「……あ、あの、名字君!」
「…? えっと、」
「あ、ぼく成川滉って言うんだ。良かったらこっちで座りなよ。お水もあるんだ」
『そうだそうだ。たんと貰え、主』
「そっか…えっと、成川君。じゃあ有り難くもらうよ」

木陰になっているグラウンドの芝の上に「よいしょ」と胡坐を掻いて座り込んだ名字君の後ろで、『よいこらせ』と言って名字君の背中に覆い被さるようにして抱きついた天下五剣の"無邪気"と表せばいいのか、何とも言えない光景に思わず苦笑い。きっと今までも、三日月宗近はそうやって見えてくれない名字君にちょっかいを出していたのかも知れない。ああっ、頭に頬ずりまでしちゃってる! 刀身からイメージしていた"三日月宗近"の印象がさっきから音を立てて瓦解していくのが分かる!


「……………」
「……成川君。なんで俺の顔をそんなに見てくるんだ?なんかついてる?」
「ご、ごめんね!そんなんじゃないんだ!ただちょっと…」
「……そう言えば、クラスの皆の会話を小耳に挟んだんだけどさ、成川君の家って刀匠さんしてるんだって?」
「えっ、あ、うん。祖父が有名な刀匠だから、」
「格好いいね。俺もあんまり人に言ったことないけど、日本刀結構好きだよ。なんか…何でか分かんないんだけど、日本刀とか槍とか、見てると心臓がザワザワするんだよね、昔から」

背後の引っ付き刀の頬ずりのスピードが速くなった姿が視界に入るせいで名字君との会話に集中できない。

そうか、でもやっぱり、日本刀に関わりがあった人には、そう受け取ってもらえるのか。

「……あのさ、良かったら今度……その…うちに来る?よかったら、だけど…」
「えっいいの!? 行く行く!うわ、まじで?刀とか一杯ある?」
「お客さんが持って来たり、受け取りまで保管してある刀とか、沢山あるよ」
『なんと。ならば他の者達にも会えるやもしれんな、主よ』
「やった!転校初日から幸先いいなぁ、俺!」
『はは、主の機嫌がとても良くなった。礼を言うぞ、研師の子よ』

……今度、名字君にそれとなく訊いてみたい。
あんなに後ろから抱きつくように寄りかかられていて、重さとかは感じていないのか、って。