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▼ 名字名前という男について

僕、成川滉には、京崎や葉月、有栖君の他にもう一人、高校生になって出来た、"変わった友人"がいる。

 名字名前君。
彼も存外、"風変わりな"人物だ。

僕たちとは別のクラスだけど、新学校だからあまり盛んではない剣道部の中でもかなりの有段者で剣道界隈ではなかなかの有名人らしく、塚原先生が以前「どうして彼ほどの人物がわざわざうちの高校に入って剣道をしているのか分からない」と零していたのを聞いたことがある。

僕と名字君が知り合ったのは、たまたまで偶然。
その日は先生に頼まれて、資料室から次の授業に使う資料を教室まで運んでいる最中だった。生物で使う重い生物図鑑を五冊腕に乗っけた辺りでやめておくべきだったのに、次の時間の化学で使う実験器具のフラスコやビーカーも一緒に運んでしまおうと欲を出して、満足に歩けない状態でフラフラと廊下を行っていたとき、

「大丈夫か」

と、名字君に声をかけられたことが最初だ。
よっぽどな状態だった僕に声をかけてくれた名字君はそのまま僕の返答を待たずして、片腕で抱えていた図鑑を全部僕から奪い、「どこに運べばいいんだ」と訊いてきた。その時は名字君のことを知らなかった僕は「わ、悪いよ」と遠慮をしたのだけれど、彼は気にした様子はなく、無表情で「いいから」そう言って先に前を歩き出した。慌てて「じゃ、じゃあ…」と僕のクラスまで、と告げると、名字君は無言のままスタスタと廊下を歩いて行く。怒らせたのかな?と、あの時は不安を覚えたものだ。

名字名前君の性格は、一言で表すなら「実直」だろうか。京崎や葉月、それに他のクラスメイトの子たちは彼のことを「現代の武士みたいじゃない?」と言う。うん、この言葉が一番しっくりと来るだろう。

いつも真一文字に引き締められた唇と、意志の強さを感じさせる精悍な顔つき、均整の取れた引き締まった体格と、見れば名字君はとても「格好いい男性」の部類になる。ファンだという女の子も、学校内外問わずいるのだと聞く。
性格の方は先ほども言ったように謹厳実直、堅物、それに無口…というか口下手で、あまり言葉で多くを語らない。名字君のクラスメイトから小耳に挟んだ話によると、「名字は人の眼を真っ直ぐ見て話してくるからなんか照れる」とのことだ。
正義感があり、悪を許さない。警察官にするならこういう人こそ市民は安心するだろう、と言った感じだ。だから僕が困っていたところへすぐに駆け寄って来てくれたのだろうし、別のクラスだったのにわざわざ最後まで荷物運びに付き合ってくれたんだ。

そして剣道の腕前の話。これは京崎が色んな人づてに聞いた情報になるけど、小学校の頃から今日まで剣道一筋。昔から色々な大会で栄えある賞を受賞しているらしく、実力も確かな有段者。
そんな名字君がどうして、まったく剣道部が栄えていない新学校であるうちに入学したのか、その理由は名字君本人が教えてくれて、なんでも「剣道は好きだが、剣道だけでは人生を構築できない」らしい。堅実に、人生設計を見据えて生きている。正直、今の僕の悩みと照らし合わせると僕自身が情けなくなって来るレベルだ。



さて、これまでの話だけだと、特筆して名字名前という人物はあまり変わったところのない人間というだけで終わってしまう話だ。
しかしここからなんだ。僕が、名字君と親しくなれた理由も合わせて話を続けてみる。


名字君が荷物運びを手伝ってくれたとき、名字君が剣道部の部員であることと実力者であることを知った僕は興味を惹かれたんだ。そう言えば前に塚原先生が「うちの剣道部に物凄いやつが入部してきたから成川も彼の太刀筋を見てみないか!?」と鼻息荒く話してくれたことも思い出して、じゃあ一度、彼の練習風景を見に行ってみようと考えた。
それを名字君に伝えると名字君は一つ頷き、「ああ、好きにするといい」と言ってくれたので早速その日の放課後に見学しに行ったんだ。

ちょうどあの時期は中間テスト期間と被っていて、殆どの生徒がテストに集中するために部活へ行っていなくて、それは剣道部も例外じゃなく、放課後の道場内にはなんと名字君と顧問の塚原先生と、それと名字君のファンらしき女の子達が三人、僕の隣できゃあきゃあとはしゃいでいるだけだった。

僕が顔を見せると入部希望なのかと勘違いした塚原先生はテンションが高くて、名字君は道場入り口に姿を見せた僕に「よく来たな」と声をかけてくれた。
これから練習の始まりだったのか、名字君は剣道着を着ていてその上から胴と垂を身につけていて、お面と小手をつけていない状態だった。確かに、女の子達が騒ぐのも分かるなと頷けるぐらい、その格好の名字君には「武士」のような鋭利さがあった。


そしてここからだ。
名字君と塚原先生しかいないから、今からこの二人で打ち込み稽古を始めると聞いて僕は俄然楽しみになっていたんだ。
胴や面を着けに行った塚原先生と、道場脇に置いていたお面と竹刀を取りに行った名字君。僕はなんとなく、名字君の方を眼で追っていたんだ。
そこへ、だ。





『主クン。胴着の合わせ部分が少し乱れてるよ。僕が直してあげるから、その間に小手とサポーターつけていて』
「ああ、分かった」





―――………なんだろう。僕の見間違いかな。
剣道場に、片目を眼帯で隠した燕尾服を着た格好いい男の人がいる。 僕は、そう思った。









そう あれが 僕が真に『名字名前』という人物に興味を惹かれた瞬間だった。
彼にも、刀の魂魄が憑いていた。

その刀の名前は、『燭台切光忠』
かの有名な長船派、備前国の刀工光忠によって作られた刀で、現在は東京都にある徳川ミュージアムが所蔵している、とても、有名な日本刀の一つ。


ああ、もちろん、僕はあの時とても驚いたよ。思わず素っ頓狂な声を上げて、隣にいた女の子集団に白い眼で見られたぐらいだ。
この子たちにはあの燕尾服の男の姿が見えていない。
塚原先生も気がついていない。
だからアレは刀の魂魄で、僕にはそれが見える。

でも、名字君にも、あの魂魄の姿が見えているんだ。


二人は驚きで衝撃を受けている僕のことなんか気付いていない、だから僕の目の前でも、控え目にだけれど、やり取りを続けていた。



『面手拭い付けるよー』
「ああ」
『前髪上げるね』
「頼む」
『ああ…いつ見ても格好いいね、きみ。惚れ惚れしちゃうなあ』
「そうか」


なんて言っている。名字君は端から見ればいま、独り言を言っている状態なのに、発する言葉が絶妙に短いからなのか皆すんでのところで気が付いていないようなのだ。「あれ、いま名字君ひとりで何か言ってたかな?あ、気のせいか」と言ったところだ。

しかし僕はそうは行かない。名字君は言葉が少なくても、名字君に話しかける魂魄の方はそこそこお喋りで気さくだ。
『格好いいね』とか『似合っているよ』とか、『やっぱり格好いい』とか『稽古がんばってね。応援してる』だとか。声のトーンに甘さが含まれていると表現すればいいのだろうか、それとも平素の喋り方からすでに艶混じりなところがあるのかは、あの時の僕には判然としていなかった。



そして僕は、準備を整えて塚原先生との打ち込み稽古に向かった名字君のことを 壁際から大声で『頑張ってね、主クン!』と満面の笑みで応援していた刀の魂魄と、ここで初めて"お互いの顔を合わせる"ことになった。
刀の方も僕を見て最初はとても驚いていたっけ。絶対に間違いなく僕の方が百倍驚いていたけれど。